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LoveLaboratoryFAnetOnline Novels
PreーSpring Special 2005.02.24
私が恋した人--27歳 みどりの場合--
Novelization/笹倉 紫 Illustration/福田さかえ

FAnetオンラインノベルは、読者から送られた体験談をもとに書き起こした小説です。
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人付き合いができない私の唯一の友達は、美人の里見。恋愛も遊びもすべて彼女から教えてもらってきた私が恋したときに、彼女の言った言葉は重かった。「1度や2度誘われたくらいで誘いに乗ったら、軽い女だと思われてしまう。最低でもOKするのは3回目よ」


私には、遊びや恋愛の師匠みたいな友達がいて、10代から20代、私はいつも彼女をお手本にしてきたんです。へんでしょ。でもしかたがないんです。私、人付き合いの能力のない子だったから、彼女なしには、なんにもできなかったんですから。

私は、中学受験で、エレベーター式に大学まで行ける女子校に入学しました。裕福な子の多い派手な学校で、両親とも地味な公務員、しかもひとりっ子で引っ込み思案の私は、全然なじめませんでした。いじめられることはなかったけど、友達の輪の中に入っていくことができなかったから、中学、高校と、ほとんどひとりでいたんです。
ただ、ひとりだけ例外がいました。それが今言った友達。
高校1年のとき、たまたま帰りの電車で一緒になった彼女は、同級生の中でいちばん目立つ子でした。
山口里見。
モデルにスカウトされたとか、大学生が車で迎えに来ていたなんて噂が立つ、キレイな子で、同級生からは嫉妬の対象にもなってたけれど、天然ボケのように明るい性格で好かれていましたね。いつもみんなの中心にいるような子でした。
「明日から期末試験でしょ。私、数学、全然わからなくて、どうしたらいいんだか」
同級生の私に、里見は、そんなふうに声をかけてくれました。それまで一度も話したことがなかったのに、すごく自然に話しかけてくれた里見につられて、いつもは言葉に詰まる私が、なぜか普通に返答できたんです。
「一緒に勉強する?」
「えっ、ウソ! 沢口さんが勉強教えてくれるの? ホント! ウソじゃないよね! すごい!」
里見の大きな目がキラキラ輝いて、すごくうれしがっているのがわかりました。
当時の私に得意というものがあるとすれば、「勉強すること」ぐらいでしたから、成績だけはよかったんです。
「うれしい! じゃ、今からうちに行こうよ。うちで勉強教えて! ごちそうするから」
どんどん次に進んでいく里見だから、私がちゃんと受け答えできなくても、なんとかなったんだと思います。そのとき、勉強を教えてあげたのがきっかけとなって、私と里見はへんてこりんな友達同士になりました。
といっても、たくさんの友達やボーイフレンドのいる里見と私のつきあいは、試験前に一緒に勉強するときだけ。それでも、自分から友達を作ることのできない私にとっては、とても大事なひとときでした。それが高校を卒業するまで続きました。

私は、先生のすすめで国立大学の数学科を受験し、運よく合格しました。
そこは、男子も女子も私と同じような話し下手の子が多く、勉強に専念するには絶好だったんですけど、遊び好きの子ばかりの高校から来た私には、なんだかつまらなかった。私、実は里見たちが教室で、キャアキャアとボーイフレンドやおしゃれの話をするのを、隅っこで聞いているのが好きだったんですね。そのときになってわかったんですけど。
大学に入って、里見との付き合いも終わるんだと思っていたら、すぐに連絡がありました。里見はそのまま女子校の大学に進んでいて、「大学ぐらい勉強したいと思ったのに、うちの学校ってやっぱりダメ」なんて、あっけらかんと電話してきてくれたんです。
それから、里見は、私をいろんな仲間との遊びに誘ってくれました。サークルのコンパ、社会人との合コン、クラブに行ったり海に行ったりドライブに行ったり。裕福で遊び上手な大学生の世界に、私を招き入れてくれたんです。

でも、結局、私はとけ込めませんでした。相手が話しかけてくれても、うまく言葉を返せないから相手はしらけちゃいます。笑わせようと面白い話をしてくれる男の子がいても、タイミングよく笑えない。女の子が親切にグラスを渡してくれたら、手を滑らせて割ってしまう。相手にあやまらなくちゃと、私が声を出すころには、相手はどっかに行っている…。一事が万事、こんな感じなんですよ。
私のつき合い下手って、DNAレベルの運命みたいなものだと思いました。実際、文字にすればこれだけ書けるんだけど、これを声に出して話すなんてことは、絶対に不可能だったもの。
そんな私を見て、里見も悟ったみたいで、大学2年になると、いつもふたりだけで会ってくれるようになりました。それは、里見にとっても快適らしく、彼氏とのこととか、友達とのいさかいとか、いろんなことを話してくれました。愚痴の聞き手みたいになったけれど、彼女に言わせると、私の感想が他の誰とも違うので、すごく参考になるんだそうです。私も、里見とふたりだけだと、なぜか、言葉がすんなり出てきました。
私の日常は、大学に入っても学校と家の往復がほとんどだったので、1か月1回ぐらい、里見と青山とか渋谷のカフェで長話をするのは、今度はいつかな、と、待ち遠しかったですね。私は、彼女や彼女の友達の話を聞いて、恋のしかたとか、今はやりのファッションとかっていうのを知ったんです。

そう、大学2年になっても、私は男っ気ゼロでした。レンアイをしてみたいと思わなかったわけではありません。でも、TVや雑誌で見る芸能人をいいなと思うことはあっても、周囲にいる男子に関心を持ったことはありませんでした。
里見は私のことを「驚異のオクテ」と呼んでいて、私の周囲に可能性のある男はいないかと、根ほり葉ほり聞いてきましたが、いつのまにかあきらめましたね。
でも、私は内心、レンアイやセックスに関心を持つようになっていたんです。里見は、私を完全に信頼してくれていたから、彼氏とのこと、セックスのことまで赤裸々に話してくれました。そんな話を聞いたあと、別れてひとりになると、彼女の話のイメージが頭の中に広がっていくわけです。それがきっかけで恋愛小説をむさぼるように読み、ポルノっぽいものにまで手を出していました。これって、普通、高校生か、早い子なら中学生のころ経験することですよね。それが、私の場合、大学時代なんだから、里見の言うとおり、驚異のオクテだったと思います。
私ね、里見の大学時代からOLになって結婚するまで、彼女の異性関係を全部詳細に知っているんです。だからどうってこともないし、誰にも言うつもりもないけれど、でも、なんだかそれは、私にとって勲章みたいな気がしています。
だって、里見は、女の私から見ても、ちょっといない素敵な女性です。私が断言しても信頼性ないだろうけど、里見の他の友達もボーイフレンドたちも、みんな、性格がよくていちばん光ってる子、と言っていましたからね。


で、私は、当然のように大学院に進み、里見は別に働かなくてもよかったんだけど、親のコネで、誰でも知っている有名企業のOLになりました。
私は大学院で初めて、ひとりの男性が気になってしかたがない自分を発見しました。同じ数学科の先輩で講師。30歳の独身男性でした。特にいい男とかそういうんではなかったんですけど、なぜか、彼のしぐさや話し方が心に残ったんです。そんなだから、きっと彼のことをよく見てたんだと思います。気づいたら、その彼が、何かと私のほうを見ていることがわかりました。私は、もう、どうしていいんだかわからなくて、彼を見ないようにしました。

そんなとき、里見に会ったら、里見が言ったんです。どういう話の流れだったか覚えていないけれど、
「女は自分を安く売っちゃいけない。1度や2度誘われたくらいで誘いに乗ったら、軽い女だと思われてしまう。最低でもOKするのは3回目よ」
この言葉がすごく心に焼き付いて、私は、さらに彼を意識的に無視するようになりました。
それからどれくらいたったかな。あるとき、その彼から非難の電話が家に入りました。
「どうして研究室の中で僕だけ無視するのか、挨拶もしないなんておかしい」みたいなこと。
彼も決してなめらかに話せる人じゃなかったから、相当な勇気を出して電話してきたんだと思います。でも、私はうろたえちゃって、返事をすることさえできませんでした。長い無言の状態が続いたあと、彼はこう言ったんです。
「君が僕を無視するのは、僕が気になっているからなんだろう? なんで気になっているのかわからないけれど、とにかくすっきりしない。一度会って、はっきりさせよう」
そうして次の日の夕方5時、大学近くの喫茶店に来て欲しいと言われたわけです。
そのときです。里見の言葉がよみがえってきたのは。
「1度や2度誘われたぐらいで誘いに乗ったら、軽い女だと思われてしまう」
別にデートに誘われたわけでもないのに、私は自意識過剰もいいとこで、喫茶店には行ってはいけないんだと思ってしまった。自分のことながら、アホもいいとこです。
それで彼に待ちぼうけをくらわせ、翌日、当然のように研究室で顔を合わせた。
「確かに、電話で君は、行きますとは言わなかったよ。でも、行かないとも言わなかった。いくらなんでも失礼じゃないか!」
彼に引っ張られて、その喫茶店に行きました。彼は私への怒りで雄弁になってたと思う。そしてそのことが、私の言葉も引き出してくれました。なんと答えたかはよく覚えていないんだけれど、たぶん、「私はあなたのことをなんとも思っていない」ということと、「あなたのことがとても気になってた」ということ、その両方を泣きながら主張しちゃったんだと思います。
彼の怒りが次第に静まり、表情がやわらかくなり、彼は、「君は、すごく臆病なんだね。でもそれ、すごく意外で、いいね」とうれしそうに言いました。
その雰囲気が、私には勝ち誇ったように見えたんです。つまり、私の負け。そのときは何も言い返せなくてそのまま別れ、敗北感だけをかかえてしまいました。
それから数日後、彼が映画を見に行こうと誘ってきました。私は今度ははっきり、「都合が悪い」と口に出して断りました。思い直して、これが1度目だと思ったんです。
さらに少したって、彼が食事に行こうと連絡をくれました。これが2度目。私は断りました。実は、次に誘ってくれたときに、私はOKしようと思ってたんです。だって、やっぱり彼のこと、好きだったし、3度目なら里見の言ったこととも合ってるし…。

そう、3度目はなかったわけです。
2度目に断った後、今度は彼が、私を無視するようになりました。周囲にもはっきりわかるような態度だったから、まわりの人も何かあったとわかって、後で、私が最悪のことをしたんだと教えてくれる人がいました。
つまり、私は2度目に断ったとき、友達と約束があるからと言ったんですけど、同じ日、他の人には、今日はなんの用もないから家に帰ると言ってたらしいんです。彼が怒るのも当然です。
彼は私を無視したまま、しばらくして他の大学に移ってしまいました。私はあっという間に、初恋を失った。自慢じゃないけど、今の今まで、その次の恋はありません、男性に対しては…。
この失恋のことは、里見にも言いませんでした。いくら驚異のオクテでも、24歳の女として恥ずかしすぎるし、彼女の言った言葉のせいで失恋したと言ったら、彼女を責めることになってしまうから。
でも、確かに私が2度誘いを断ったのは、里見の言葉を信じたからです。でも、今ならわかりますが、決して里見は、私がしたようなことをしろと言ったわけではないんですよね。


それからしばらく、私らしく淡々とした日常が続きました。修士を終えて博士課程に進み、そろそろ博士論文にとりかからなくては、と思っていた半年前のことです。
いつものように里見に呼び出されて、会社帰りの彼女とホテルのレストランで食事をしました。食事を終えて、そろそろいつもの彼氏の話が出てくるかなと思っていたら、突然、彼女は、「私、結婚する」と言い出しました。
「えっ、例の佐藤さんと、ついに?」
佐藤さんというのは、そのとき里見が付き合っていた同い年のエリートサラリーマンです。
「違うの。ごめんね。これまで話していなくて」
そういって語り始めた彼女の話は、信じられないような内容でした。
彼女は、私たちが通っていた、あの女子校の先生と結婚すると言うのです。もちろん私も授業を受けたことのある歴史の先生。私たちより20歳以上年上の、当時も中年だった妻帯者の先生と、里見は結婚すると言い出したのです。
「秘密にしてて、ごめんなさい。ようやく岩崎先生が離婚して、晴れて結婚できることになったんだ。苦節10年だよ」
苦節10年ということは、里見と岩崎先生の関係は、高校時代から続いていたということです。
「これだけは、みどりにも、どうしても言えなかったの。でも、今、告白したのが初めて。まだ親も知らない。岩崎先生と私と、みどり以外、誰も知らない」

それから、里見は、それまで私に隠していたことを、ひとつひとつ話してくれました。
高校時代、部活で帰るのが遅くなったとき、学校近くで痴漢に襲われ、通りがかった岩崎先生に助けられたこと。
泣きじゃくる里見を優しく介抱してくれた岩崎先生に、恋心を抱くようになったこと。
高校3年のとき、「先生が好きです」と言ってしまい、岩崎先生に怒られたこと。それでもあきらめずに先生を待ち伏せして、一度だけ一緒に食事をしたこと。
「岩崎先生は、自分はふたまわりも年上だし、妻もいるし、君の相手には絶対になれないと言ったけれど、私は、どうしてもあきらめきれなかったんだ。だから高校を卒業するとき、先生に言ったの。先生より素敵な人が現れたら、先生の言うとおりにします。でも、そうじゃなかったら、私はずっと先生につきまといますって」
岩崎先生には子供がなく、奥さんともうまくいっていないのがわかってた、と里見は言いました。そして大学に入ってからも、もちまえの積極性で岩崎先生に会いに行っていたと。
そして、そんな積極的な里見に動かされて、先生の心も溶けてきて、ついに不倫関係になって、誰にも言わない秘密の関係が5年続いた。
先月、岩崎先生が離婚して、ようやく結婚できることになった……。

話をしてくれていた間、里見は、とても幸せそうでした。でも、私のほうはというと、途中から涙が出て、止まらなくなっていました。
「どうして、泣くの? おめでとうって言ってくれないの? 私たちの結婚に反対なの? 岩崎先生だから? 年が離れているから? 不倫だったから? そんなこと言うみどりじゃないよね?」
里見は、不安がって私の涙の理由を問いただしました。
実は、私は最初、自分でもなぜ泣けてくるのかわからなかったのです。でも、里見が執拗に聞いてくるうち、少しずつ、言葉が浮かんできました。
最初浮かんだ言葉は、「だって、女は自分を安く売っちゃいけないって言ってたじゃない。1度や2度誘われたくらいでOKしちゃいけないって。だから、私も好きな人の誘いを断わったのに」ということ。彼女が言ってたこととしてたことがあまりに違うので、許せない気がしたのです。あなたのいいかげんな言葉のせいで、私は、たったひとつの恋を失ったのよって。
でも、そのうち、どうも、そういうんじゃないって感じるようになりました。私は、だって、里見が岩崎先生を好きになったほど強く、あの男性を好きになってはいなかったし。
美人で明るくて、みんなにモテる女の子として生きてきながら、実は、地味な中年の教師をずっと愛していたなんて、すごすぎる。里見のまわりにはエリートだってお金持ちだっていい男だっていっぱいいるのに、どうして彼らを選ばないの? 不倫の、年上の、あの地味な皺ばっかりの顔をした岩崎先生を選ぶなんて、そんなの、私、いや!
私は、頭に浮かんだ言葉を、ぼそっと小さな声で言いました。
「私は、あの岩崎先生に、里見をとられちゃうの……」
「え、今、なんて言った?」
でも、里見には、ちゃんと聞こえていました。彼女も黙りこくってしまいました。
その日、私たちは、そのあと一言も言葉を交わさずに、席を立って精算をして、別れました。


里見を岩崎先生に奪われてしまった――これが、私がショックを受けたほんとうの理由でした。
いつもはのろい私の頭が、そのときはぐるぐると超高速コンピュータのように回って、過去のさまざまな記憶をたどり、本当の理由をつきとめることができました。
そして、このことを自覚した私は、それまでもやもやしていたことが、すべてクリアになった気がしました。
10年間、私の心を支配していたのは、誰でもない里見だった。そして、同じ10年間、里見の心を支配していたのは、岩崎先生だった。地味で目立たない、しがない高校教師の岩崎先生。


里見の告白で、里見の家は大騒動になりました。でも最終的には両親に岩崎先生との結婚を認めさせ、里見は、自宅近くの教会でささやかな結婚式をあげました。
里見のお母さんはずっと泣いていました。招待された私も泣いていました。里見は、涙をふきふきなんとか笑顔を保っていました。岩崎先生の皺が目立つ顔は、とても恥ずかしそうに申し訳なさそうに、ずっと下を向いていました。里見の手は、ずっと岩崎先生の腕をぎゅっと握っていましたね。
式が終わった後、里見が私に近づいてきて、耳元でそっと言ってくれました。
「みどりと岩崎先生って、雰囲気が似ているよね。私の趣味なのかなあ。でも、私たち女同士だったからね」
それはそれは、やさしい言葉でした。私が愛した里見らしい言葉でした。
新婚旅行に旅立つ里見と岩崎先生を見送りながら、私は、自分の思春期がようやく終わったんだと、しみじみ感じたのです。いつのまにか私は、里見のご両親となめらかに言葉を交わしていました。「みどりちゃんも大人になったね」と、里見のお母さんに言われて、少しうれしくなりました。
27歳。
恥ずかしながら、人より10年以上遅い思春期からの旅立ちですよね。ようやく里見から卒業して、これから人並みに男性に恋ができるかもしれない。でもね、私、急ぐのはやめようって思いました。里見が10年待ったように。
Fin

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