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Spring Special 2005.04.28
きよらかな少年
--
30歳 利香子の場合--
Novelization/笹倉 紫 Illustration/福田さかえ

FAnetオンラインノベルは、読者から送られた体験談をもとに書き起こした小説です。
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男を切らしたことのない私は、半年たっても新しい男ができない現実に苛立っていた。そんなときひょんなことから出会った7歳年下の、少年のような美大生。彼は私を新しい世界に誘ってくれた……


それまで、適当に男はできていた。だから少ししたら、また誰か誘ってくるだろうと思っていた。まさか半年も男ができないなんて、想像していなかった。別にいい気になっていたつもりはない。周囲の友達も似たようなもんだと思っていたし、男だって、彼女がいないよりまし、と思って誘ってくるんだろうと考えていたから。
私はそれほど美人でもないし、他の子と違う特別な魅力があるわけでもない。それでも、27歳まで男を切らしたことがないのは、そういうことだぐらいに思っていただけだ。
でも、康明と別れてから半年、私はずっとひとりだった。最初は「アレ?」、2か月たって「なんかヘン」、3か月後には「最近残業多くて声をかけられる暇がないから」と自分を納得させてきたけれど、残業がほとんどなくなって2か月もたつと、この現実を受け入れるほかない。
女同士で飲みに行ったり、買い物に行っても週1、2日がつぶれるだけ。あとの日は、まだほの明るい道を、狭いマンションの部屋に向かってテクテク歩いて帰る。ミジメだ。ミジメすぎる。暇つぶしにコンビニに寄って、お稽古ごとガイドの雑誌を手にとったとき、たまらない焦燥感が襲ってきた。
男がいない――、それだけのことが、こんなにも辛いとは思わなかった。別に好きな男がいなくたっていいじゃん、嫌いじゃない男とつきあってれば…、なんて考えていた私は、やっぱりいい気になっていたんだろうか? 年のせい? 27歳ってそんなに年増? 康明がプロポーズしたとき笑ってごまかしたのは、もしかしたら間違っていた?


そんなある日、会社帰りにひとりで渋谷をブラついてから帰宅したら、ケータイがなくなっていた。あぁあ、サイテ〜サイアク〜、いったいどこに落としたんだろう? 届けるしかないか、と、自宅の電話をとって、ふと、自分の携帯にかけてみた。
「あ、はい」
 若い男のようだった。どこかの店らしく、ガヤガヤと人の話す声が聞こえてくる。
「あの、すみません。そのケータイ、私の、なんですけど」
「オレ、足元で鳴ってたから、とっただけなんですけど…」
「ごめんなさい。いま、そこ、どこですか?」
「ファーストキッチン、渋谷の…」
「ああ、そこに忘れてしまったのね。さっきまでいたんですよ、私。すみませんけれど、ちょっと待っていてくれませんか? 今から、すぐに取りに行きますから」
「えっ〜! 待ってるんですか?」
 電話の向こうから、“なんで私たちが待ってなくちゃいけないのよ”という女の声が聞こえてきたが、男は、「だまってろ」と制止して、私に「どれくらいかかりますか?」と聞いてきた。
 渋谷まで急げば30分で行ける。待っていてくれるのなら、いますぐ取りに行くのがいちばん。図々しいと思われてもいいや、そんな気分だった。
「1時間ぐらいだったら、この店で待ってますよ。どうせ暇だし」
人に重荷を感じさせないさわやかな声で、男は承諾してくれた。

きっかり30分後、私はファーストキッチンに入っていった。店の奥から、入り口を見ている少年がいた。長いストレートの茶髪で、紺のデニムの上下を着ている。隣に、髪を飛び跳ねさせたヘアスタイルの女の子が座っていた。少年と目があった。キラキラ光るキレイな目だった。
「本当にごめんなさいね。私のせいで、時間をつぶさせちゃって」
「いいんですよ。まだ30分しかたってないし。はい、ケータイ」
「本当にありがとう。ケータイなくなってるのに気づいたときは、もうあわてちゃって」
「そうですよねえ。ケータイってカラダの一部ですもんね」
見た目も声も、もう一歩でイケメンの仲間入りができそうな、さわやかな印象。はたち前後の、おそらく大学生だろうが、透明感のある笑顔は少年のようだった。私は、一目で目の前の少年が気に入った。ケータイを受け取って別れるのは、もったいない気がした。
「でも、ホント、強引に待ってもらっちゃって、すみません。お詫びに、何かしたいんだけど…、そうだ。時間があいてるなら、明日の夜、お食事に招待しましょうか?」
「いいですよ、そんなこと」
少年は辞退したが、隣の女の子が「えっ、ウソー」と喜んだ。少年は決まり悪そうに、「すみません、2人でいいですか?」と、私の招待を受け入れた。
 私は、久々に、刺激的な体験を楽しんでいた。

少年は都内の美大に通う20歳の大学生だった。一緒にいた女の子は同級生の彼女。少年が気に入ったといっても、別に彼氏にしたいと思ったわけではないので、コブつきは気にならなかった。それより自分より5歳以上も年下の子と食事をする期待感のほうが勝っていた。いったい、あの子たちはどんなことを話すんだろう、と思うと、それだけでワクワクした。

翌日、いつも女友達と使っている和食レストランに案内するつもりで、例のファーストキッチンに行くと、そこにいたのは少年だけだった。
「彼女は?」
「ケンカしちゃったんです。さっきまで一緒だったんだけど、怒って帰ってしまって…」
 私は内心快哉を叫んだ。年下の男の子と初デート!

少年との食事は期待以上に楽しかった。半年間の陰々滅々をすべて払拭してくれるほど、心が躍った。
彼は、まず、店に入るなりレストランの高級感に感激して、「オレのような貧乏学生には、贅沢すぎますよ」と言って私を喜ばせた。そして、和食なんて久しぶりだと言い、一皿一皿、美味しそうに味わい、満足そうに日本酒を飲んだ。
そんな様子を見ているだけでもうれしくなってくるのに、彼は話し上手でもあった。幼い頃から絵が好きで、洋画・日本画、古典・現代アートの別なく知識が豊富。将来はグラフィックデザイナーになりたいと真剣に考えている。彼はとてもまじめな美大生だったのだ。おかげで私は、このとき、名前だけは知っていたアンディ・ウォホールがどんな芸術家だったか、ひととおりのことを覚えてしまった。

一緒にいた3時間、まさに夢のようなひととき。誰にも話したくない、誰かに話したら、この夢が汚されてしまうのではないかと思うほど、私にはきよらかな時間だった。
なぜ、こんなに幸せな気分になれたんだろう? 私は、少年と別れてから自問自答した。
彼は、他の男のようにえらそうにしない。
彼は、他の男のように、「疲れた、疲れた」と言わない。
それでいて話が面白くて知的で、こちらからふった話題にもちゃんと答えてくれる。
そう、少年は、私がこれまでつきあった誰よりも、さわやかな男だったのだ。
私は、これからも彼と会いたいと思った。そして拙い手だとは思ったが、さまざまな美術展の前売り券を購入して彼を誘った。彼は、誘いにのってくれた。

こうして、私の毎日はガラリと変わった。実際に少年と会う、つまり美術展に行くのは、多くて月に4回、少なくて2回程度だったが、彼に会わない日も、それなりに楽しく過ごすことができるようになった。まじめな美大生の影響で、さまざまなアートに関心を持つようになったせいだろう。TV番組の選び方も違ってきたし、古今東西の芸術家というのは、関心を持てば、いくらでも奥深く楽しめる。画集は見て楽しいし、伝記は読んで面白い。しかも、今度会ったとき、彼に聞いてみようと思えば、どんどん関心の幅が広がっていく。
私は、大人になって初めて、彼氏がいない生活を楽しめるようになっていた。
それほど好きでもない彼氏との付き合いやそれに付随する感情のあつれき、待つだけの時間に比べて、少年を介して知ったアートの世界は、ずっと豊かで知的で、自分を高めてくれるように思えた。私はいっぱしに、「リキテンシュタインやジョージア・オキーフあたり、アメリカ現代アートが好き」などと言うようになっていった。
そんな私の変化は、会社の同僚にも好意的に受け入れられた。
最近明るくなったね。仕事ぶりがキビキビしているよ、極めつけは、「へえ、安西さんって、アートに興味あったんだ。カッコいい!」

男なんていなくたっていいじゃん。興味のあることさえあれば、生活は充実してくる――。
私は、そう思える自分にうっとりした。すでに彼氏いない歴は1年を超えていたけれど、私は、そんな自分を愛おしくさえ思うようになっていた。

ここで、もう一度はっきりさせておきたいのは、私が少年を、彼氏にしたいと思ったことは、一度もなかったということ。私は男にアプローチした経験が一度もなかったので、そうしたいと思ってもできなかっただろうけれど、少年を思うときの私の感情に、少しも性的なものがなかったのは事実だ。
少年の恋愛相談にのったこともあるし、彼女付きの3人で美術展に行ったこともある。私は、社会人のお姉さんという立場を崩さず、支払いは、彼が割り勘にしたいと言っても常に私持ちにした。彼もまた、私にタメ口をきくことはなかったし、何より、彼も私も、互いのカラダに触れようしたことは一度もなかった。
それでも、彼と美術展に行き、美術の話をする、そのことがきっかけで、私の毎日はいきいきと輝くようになったのだ。


そんな私が地獄に突き落とされた日。
少年とその彼女が、私の28歳の誕生日を祝ってくれた数日後、少年から、メールではなく郵便で封書が届いた。誕生日カード? もうお祝いしてくれたのに、と、私は軽い気持ちで封を切った。しかし、それはカードではなく、ていねいに手書きされた手紙だった。几帳面な文字が横書きされていた。

安西利香子さま

いつも美術展に連れて行ってくださりありがとうございます。いつもピイピイいっているオレには、とてもありがたくお言葉に甘えておりました。おかげで、東京で開催される展覧会にはほとんど行くことができ、すごくうれしく思っています。
でも、そろそろ利香子さんの好意に甘えるのはやめようと思います。いつもおごってもらっているうちに、それが当たり前になってしまってる自分が怖いからです。それに利香子さんも、オレにおごるのが当たり前になっているようで、ちょっと心配です。
オレの中に、おごってもらっているのだからサービスしなくては、と思う気持ちが少しずつ出てきています。不純な感情です。この前、大学の友達に言い当てられてしまいました。オレは弱いですから、このままだと、利香子さんを利用するようになってしまうかもしれません。
うちの両親はオレが美大を選んだときから援助はしないと言っています。援助したくても金がないのが事実ですけどね。だから、オレは、せっぱ詰まったら利香子さんの優しさを利用しかねない奴なのです。就職するか、ひとりでやっていくか、そろそろ決めなければなりません。今まで以上に金がかかります。利香子さんの貯金を目当てにするようになったらヤバイです。だから、土木作業のバイトを始めることにしました。自分の体で稼いでその金で自分のやりたい道へ進みたいと思います。
自分の作品で食べていけるようになったら連絡します。これまで、どうもありがとうございました。最後に感謝の気持ちを込めて一生懸命描いた拙作を同封します(オレが有名になったら高くなりますよ。お楽しみに!)
お元気で!
佐藤威道

便せんの下に厚紙があった。私の似顔絵が、実物より少し美人に描かれていた。
でもこれは、まぎれもなく絶縁状だ。年下の男の子にこれほど立派な手紙をもらって、お姉さんの立場の私に、何ができるというのだろう。「もう会いません」「もう連絡しないでください」ということが優しい言葉で綴ってある。
完敗……。私は、7歳年下の少年に、完膚無きまでに打ちのめされた思いだった。

休日、私は、この手紙を何度も何度も読み返した。もちろん涙がぼろぼろ流れた。もらった似顔絵を見ながら、少年を思い出しながら、私は、取り乱したくないと、絶対に取り乱してはいけないと、自分に言い聞かせた。少年は、今、自分自身で立とうとしている。私も今、自分で立たないといけない…、そんなふうに自分を叱咤激励したのだ。


その後、彼氏いない歴は、もう3年になった。少年が教えてくれたアート趣味は、カルチャーセンターの美術系クラスに入ったりして続けている。少年がいたときのように心浮き立つわけではないが、休日をひとりで過ごすには十分楽しい。暇で辛いと思うこともほとんどなくなった。
実は、この2年間に、好きでもない・嫌いでもない男からのアプローチは2回ほどあった。でも両方とも断った。これが少年と出会った私の、いちばんの変化だろうと思う。
なぜ? 自分でもよくわからない。少年にプラトニックな恋をして、結果、私は大失恋をしたのかもしれない。あるいは、少年のキレイな心に影響されて、本当に好きな人とだけつきあいたいと思うようになったのかもしれない。
ただ、いつか、私を夢中にさせてくれる人に出会えたら、そのときは、自分からはっきり、“愛してます”と言いたいと思う。
Fin

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