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Autumn Special2 2005.10.27
もう二度と会えない最愛の人
--25歳 由紀の場合
--
Novelization/笹倉 紫 Illustration/福田さかえ

FAnetオンラインノベルは、読者から送られた体験談をもとに書き起こした小説です。
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中学時代の初恋の人との運命的な出会い。この人こそ、と思ったそのとき、彼の口から信じられない話が…。強く結ばれていると信じていた私の心はズタズタに引き裂かれたのです。


25歳のころ、仕事するのも友達と遊ぶのも、彼氏とつきあうのも全部いやになった時期がありました。原因は…特にないと思うんですけど、ただ、まあ、すべてがたいくつで、なんで生きていかなくちゃならないのかなって、落ち込んでいたんです。
なんとか会社には行っていましたが、つきあってた彼氏とは、気のない返事をしているうちに自然消滅。友達とのつきあいも悪くなってたから、どんどん孤独になっていってました。休みの日は、朝から次の朝までずっとベッドにいるような状態だったんです。
そんなある日、部長が、部の女の子たちを食事に誘ってくれたんです。気乗りしなかったんだけど、私も強引に連れて行かれて、そのお店で、運命の出会いをしてしまったんですね。

恵比寿にあるフレンチレストランで、部長の大学時代の友人がオーナーで、若いシェフを雇って開店したばかり。最高級ではないけれど、それなりに高級感があって、いまふうにジャパニーズフレンチを出す店でした。ほかのお客がいなかったこともあって、オーナーやシェフも一緒になって和気あいあいの中、私ひとりが話に加わってなかったから、すごく浮いていたんだと思います。デザートのときにトイレに立ったら、若いシェフに声をかけられました。
「ぼくの料理、お口に合いませんか?」
「えっ、そんな…」
私が口ごもったら、相手も黙り込んでしまって、しばらく凍りついて、でも、そのあとほとんど同時に、「あっ」と言った。
思い出したんです。中学時代のこと。彼と私は同じクラスだった。しかも彼は、私が生まれて初めてラブレターを出した男子、坂井くん。
中学生の坂井くんは、ラブレターに返事をくれなかったばかりか、私の書いたラブレターを友達の男子に見せるという仕打ちまでしました。私はすごいショックを受けて、男子にからかわれながら、教室で泣いてしまった。そのあと、坂井くんは「ごめん」と謝ってきたけれど、結局それで終わり。私の苦い苦い初恋の相手だったんです。
そんな過去があったから、10年以上たって偶然会ったこのとき、彼も、懐かしいね、なんて言えなかったんだと思う。落ち込んでいた私は、ますますへこんでしまって、「気分悪くなったんで」と言って、先に帰ってしまいました。

1週間後、会社に、私宛の手紙が届きました。坂井くんからのカードでした。
「もう一度、お店に来てくれませんか? この前よりもっとおいしい料理をごちそうしたいのと、中学生のときのことをおわびしたいのです。もし、いやでなかったら、店が定休日の火曜日にお待ちしています」
そんなふうに書いてありました。重たい気分のところに、ふっとさわやかな風が吹きこんできたみたいで、「行ってみよう」と思いました。
そして、その火曜日。退社してからお店に着くまでは、ホントなんだろうか、昔みたいにからかわれてるだけじゃないかと不安だったんだけど、行ってみたら、坂井くんがひとりで待っててくれました。
中学時代の坂井くんは、サッカーをやっていて、背が高くて、切れ長の目のジャニーズ系って雰囲気だったから、とてもモテていました。私はごくごく平凡な女子のひとりで、颯爽と走る彼を遠くから眺めていたんですよ。
彼の雰囲気は、10年たっても変わっていませんでした。ただ、白ずくめのシェフの格好をしているのがなんとも不思議で、シェフハットをかぶると、ホントに見上げるように背が高くて、日本人じゃないみたいでした。
その日、坂井くんは、私ひとりのためにフルコースを作り、ワインを選び、賓客をもてなすように、フランス仕込みのおもてなしをしてくれました。テーブルの脇に立って、レシピの説明をしたり面白いエピソードを話したり、ときには軽いジョークを言ったり…、そんな彼のふるまいのおかげで、私はいつのまにか心が軽くなって、料理が終わるころには、自分から彼に話しかけるようになっていました。コーヒーを飲みながら時計を見たら、たっぷり3時間、楽しんでいたんです。私は、とってもやすらいで、彼に感謝したい気持ちでした。
「ごちそうさま。とてもおいしくて。それに坂井くん、すごくおもてなし上手なんだもん」
「よかったです。この前は、そんなふうなくつろいだ顔を見せてくれなかったから、心配だったんです。溝口さん、実はすごいグルメで、僕の料理にNGだしたんじゃないかと思って」
「そんなこと! ただ、私、ここしばらく落ち込んでて、この前も強引に連れて来られたから…」
「そうだったんだ…。でも勇気を出して招待して、本当によかった。昔のおわびもできたし…って、こんなんじゃおわびにならないかな?」
「ううん。すごくうれしかった。それに中学のときのことは、いくら私でも、さすがに、もうひきずってないわよ」
「それもそうだよね。でも、だったら、なぜ、落ち込んでいたの?」
「それは……」
「よかったら、これからどこかで飲まない? 料理人から同級生に戻って、溝口さんの話を聞きたいな」

私たちは、近くのバーに行って、中学卒業後の、互いの歩いてきた道を報告しあいました。坂井くんは、高校のとき、学校がいやになって中退。そのままフランスに料理修行に行ったと話し、私はごくごく普通に高校・大学と行って、今の会社に勤めるようになったと話し、彼も私もまだ結婚してなくて…。
「僕は、中学時代はまだまだガキで、特定の女子を好きになるとかいうことはなかったんだ。だからモテるって言われても実感なかった。高校に入ったら、今度は大嫌いな教師と対決の毎日でね。結局、逃げ出したんだよ、外国に。俺のおじさん、オヤジの弟もフレンチの料理人やっている関係で、フランスの店を紹介してもらえたんでね」
「それで、向こうで、フランス人の恋人ができた?」
「まあね。正直に言っちゃうと、僕はあっちで初めて女を知った。ずっと年上のマダム。店の客だったんだけど、いろいろと優しくしてくれたんだ」
「へえ、すごい。やっぱり、フランス仕込みなんだ」
「でもさ、俺は、女よりは料理に夢中になってたよ。なかなか筋がいいって言われて、面白かったし」

中学の時はあこがれていただけだから、こんなふうに話すのは初めてでした。今のこの状態は、中学時代の私が夢見ていたこと、そう思うと感激しちゃって、しばらく落ち込んでいた分を取り戻すように、私は会話に夢中になりました。
「ねえ、今度は僕のほうから申し込みたい。僕とつきあってくれませんか?」
「うそ! それって同情?」
「違うよ。実は、この前、黙り込んでいた君を見たときから、ちょっとほれちゃっててね。そのときは、溝口さんだってわかってなかったんだけど」
「どうして?」
「わからない。つまらなそうな顔をしている溝口さんも、魅力的だってことじゃない?」
「ああ、やっぱり、口がうまくなってる」
「で、どうなの? つきあってくれるの」
「うーん、まだわからない。まだまだ、今の坂井くんのこと知らないし」
「じゃ、もっと知ってよ。そうだ、このまま、うちにおいでよ!」

私たちは、急速に親しくなっていきました。同じ歳なのに、あまりにエスコート上手な坂井くんには、少しばかり不安を抱きましたが、昔を知っているということもあってか、これまでつきあった男性には感じなかった信頼感があったんです。この人なら、なんでも話せる。頼れる――そんなふうに思い、たぶん坂井くんも同じように思ってくれていると信じていました。
ただ難点がひとつ。彼の仕事は想像を絶する忙しさで、1日ふたりで過ごせる日というのが、せいぜい1月に1日ぐらい。それでもメールや電話や、いろんな方法で、私たちは頻繁に連絡をとりあい、心から愛し合ってると、私は確信していたんですが。


運命の出会いからちょうど1年たった日のことです。私たちは再会1年のパーティをしようと言っていて、坂井くんが私の部屋に来たんです。
でも、彼のようすがおかしい。お祝いとはほど遠い暗い顔をしていて、しかも私の顔を見ません。もちろん、すぐに問いただしました。すると、坂井くんは、とても言いにくそうに、話し始めました…。
「実は、オーナーが、娘と結婚してくれないかって」
思いがけない話でした。
「えっ、あのオーナーさんに娘さんがいたんだ。知らなかった」
「うん、以前は時々、お店に手伝いにきてたんだけどね。音大出て、ピアノの教師をしていた子なんだ」
「で? まさか、今日、突然そういう話が出てきたわけじゃないでしょ」
「う〜ん。突然といえば突然だけど。うすうすそういう感じがないわけでもなかったけど、こっちはその気がなかったから」
「それで?」
「オーナーが、結婚してくれたら、あの店を譲るからって」
うそでしょう、と思いました。
だって、坂井くんと私の関係は、他の女性にどうこうされるような関係じゃないと思っていたし、しかも、お店を譲るなんていう、そんなことで坂井くんの心が動くなんて、そんなの信じられない!と。
このときのショックを、なんと言い表したらいいでしょうか。そういう申し出があったということより、坂井くんが、そのことで深刻に悩んでいるということが、信じられないというか許せないというか…。
「ねえ、私たちの関係って、そんなもんだったの? 坂井くんにとって、その程度のものだったの?」
私は、悲鳴に近い声を出していたと思います。でも、坂井くんは、私の顔を見ずに下を向いて押し黙っているだけで、その次の言葉が出てきません。
「ねえ、私、もしかして、あなたにまた裏切られるの? あなたはオーナーの娘と結婚するの? オーナーの娘さんが好きなの?」
すると、坂井くんは、こう言いました。今でもよく覚えています。
「オーナーの娘、アキさんって言うんだけどね、僕たちと同い年で、なぜか、君…溝口由紀に似ているんだ」
その言葉に、私は、いったい、この人は何を考えているんだろう、って二の句が継げなくなりました。私のきつい目を見て、坂井くんは、我に返ったんだと思います。
「ごめん、由紀。今日は帰るよ。もっと頭の中を整理してから、出直してくる。ごめん」
そう言って、彼は帰っていきました。
私は、もちろん放心状態。

でも、ひとりになってみると、いろいろな考えが浮かんでくるものですね。
彼と私の関係がすごく強固なもんだなんて、私の勝手な思いこみだったのかもしれない。彼は、フランス仕込みかどうかは別としても、とても言葉が豊かで、心地よい言葉をたくさんくれたから、そのせいで、私ひとりが舞い上がっていたのかもしれない、そんなふうにも思えてくるのです。
オーナーの娘さんの話は、もしかしたら聞いたことがあったかもしれません。でも、ほとんど話に出てこなかったのは確か。彼はなかなかのイケメンだから、お店のお客さんから誘われないかとか、そういうことが気になったこともありましたが、彼の料理に対する熱意を知ってからは、そういう疑心暗鬼も浮かんでこなくなっていたんです。
この話が出てくるまでに、私たちの間で、結婚について話したことはありませんでした。そろそろ考えてもいいかもと、思ったこともありましたが、私自身、まだ仕事は続けたかったし、彼もまだまだ修行中と言っていたので、そんな雰囲気じゃなかったんです。
男と女の関係って、不思議ですよね。すごく親しくて、なんでも話せると思っていたのに、このときから、結局、私は、坂井くんの顔を見てはいないんです。
彼が会いたいと言ってきたのを、私が拒否したからなんだけど、なぜ拒否したかといえば、もちろん彼が、オーナーの申し出を断ると言ってくれなかったからです。今、思うと、彼はほんとうに揺れていました。どうしようか迷っていたんだと思う。だから、ちょっとでも、私が強く出れば、断ってくれたかもしれない。
それでも、私は、「断ってほしい」とは言えなかったんですよね。あのときは、意地でも言ってやるもんかって思っていました。
「あなたがこの話に迷っている限り、私はあなたに会わない、会いたくない!」って、電話で宣言したんです。中学の時に裏切られて、大人になってもう一度裏切られるのはいやだからって。

私は意地を張り通し、彼と別れました。
そりゃあ、悲しかった。私にとっては、初めての本当の恋だと思ってたし、この人とだったら、ずっと協力しあって生きていけるだろうって思っていたから。
それに、つきあっていた1年間に知った彼という人間と、オーナーの娘さんとの結婚話に悩む彼との間にはすごいギャップがあって、どうにも納得できなかったということもあります。
だけど、私が知っている坂井くんならば、こんな話に揺れ動くはずはない。にもかかわらず、実際の彼が悩んでいるんだから、私の思っていた坂井くんのほうが虚像だったということ、と思ったんです。私ひとりが、彼との関係を過大評価していただけだと、自分に思い込ませたんです。
彼が何度か連絡をしてきて、そのたびに拒否しているうちに、電話もメールもこなくなりました。
終わりだ、結局、彼は私を選んでくれなかった、そう思いましたね。
そして、もう二度と、本気で恋なんかするもんかと思いました。彼は私には高嶺の花だったんだとも考えました。そして、落ち込むと彼のイメージばかりが頭の中に残ってしまうから、仕事に逃げました。仕事に夢中になって彼を忘れようとして、ある程度は、効果があったかな、昇進もしたし。

あれから5年たちますが、正直、今でも彼のことは引きずっています。中学の時フラれたのは、高校にはいった頃にはケロリと忘れていましたが、今度の仕打ちは、そういうわけにはいきませんでした。
聞いてください。彼の仕打ち。
彼と別れて1年ぐらいたったとき、私は、会社で、部長にこんな話を聞かされたんです。
「溝口も覚えているだろ。いつだったか、みんなで行ったフランス料理屋。私の友人がオーナーの店だよ。あそこでね、今度、オーナーの娘とシェフの結婚式があるんだよ。招待されたんで、お金を包むだけじゃなくて、何か気のきいたプレゼントを持っていきたいと思っているんだが、何がいいだろうねえ。教えてくれないか。
実はね、友人の娘、アキちゃんって言って、君たちと同じくらいの年なんだが、1年ぐらい前だったかなあ、交通事故で下半身が麻痺しちゃってね。今は、車いすを使っているんだよ。
事故直後は、落ち込んで死にたい死にたいって言っていたんだけど、シェフにプロポーズされたら、見違えるようになってね。どんどん元気になってきたんだよ。
もともとあそこのシェフが好きだったらしいんだな。でも自分からは言えなかったらしい。それに父親が気がついて、シェフにそれとなく話してみたら、彼のほうも憎からず思っていたらしい。身障者かどうかなんて、関係ないって言ってくれたんだそうだ。
それで、話がとんとん拍子で進んでね。友人は、そりゃあ、シェフに感謝していてさ、身障者の娘と結婚してくれるんだから、死ぬまで生活に支障をきたさないように最大限の援助をするって言ってる。そうそう、結婚を機に、店の権利も譲るそうだよ。
な、いい話だろ? この話にふさわしい、贈り物をしたいと思ってね。
でも、何がいいかなあ、結婚祝い。アドバイスしてくれないかな。
車いすの花嫁と心優しいシェフの門出にふさわしいプレゼント…」

この話を聞かされた日、私は完璧に打ちのめされました。やっぱり坂井くんは私の思っている坂井くんでした。とっても悲しいことにね。
私、一生、坂井くんのことを、忘れられなくなってしまいました。もしかしたら、私もこれから結婚するかもしれないけれど、それでも、どんなことがあっても、彼が、私の最愛の人。たとえ、二度と会わなくても…。
Fin
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