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New Year Special 2006.01.05
お金持ちのダメンズ恋愛物語
--25歳 慶子の場合
--
Novelization/笹倉 紫 Illustration/福田さかえ

FAnetオンラインノベルは、読者から送られた体験談をもとに書き起こした小説です。
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お金持ちのひとり息子との交際を勧められた私。相手はネクラでトロくて、まともに話もできない男だけど、頭の中には「玉の輿」の3文字。ところが、結婚話が出てくる前に、事件が起きて…


「虎安の跡継ぎと、つきあってみる気はないかな?」
お正月明けの仕事始めの日。私の勤める零細企業、従業員5名の印刷会社の社長が突然言った。
虎安は、お得意さん。伝統の味を守る老舗の和菓子店なんだけど、町では、美人でやり手の奥さんが有名。取引先は皆、奥さんの一挙一動にぴりぴり(ちなみにご主人は趣味人で、店の仕事はしてないみたい)。
「虎安の一人息子の康夫くん。去年アメリカ留学から帰ってきて、店の仕事を手伝ってるんだけど、のんびり屋でねえ。お母さんとしては将来が心配なんだな。彼女もいないようだし、君さえいやじゃなかったら、つきあってみてくれないかって、奥さんが、それとなく私に言ってきたんだよ」

康夫くんは、何度か見たことがある。容姿だけなら180cm以上あるし、顔だって悪くない。それなのに、猫背で声が小さくてボソボソして影が薄くって、25歳は過ぎてるのに、大人の男というより男の子って印象。超マザコンなんだろうなって思ったことがある。
トオルもいつか言ってた。
「虎安にひとり息子がいるだろ。同級生なんだけどさ、小さいときから超トロくてさ、友達にしたくてもとりつくしまがないくらいでさ。悪い奴じゃないんだけど、あれじゃなあ」

この話、いつもの私だったら、「彼氏がいますので」と言って断ってた。でも、そのときは違った。大学時代からつきあってきたトオルとの関係がマンネリに陥って、危機状態だったから、つい想像してしまったんだ。
虎安の息子と結婚したら、玉の輿だよね――。

1週間ぐらいたったころ、会社に電話がかかってきた。
「さ、佐々木康夫と言います。い、井之口慶子さん、い、いらっしゃいますか?」
「はい、私ですけど、どちらの佐々木さんでしょうか?」
「え…、えっと、わ、和菓子の虎安の…」
康夫くんからの電話だった。社長に何の返事もしていなかったら、本当にびっくり。
康夫くんは、書いてあるメモでも読むような話し方で、私を食事に誘ってきた。
今度の土曜日にB町のフレンチ。街で最高級のレストラン。
私は、なんだかわからないまま、仕事モードの言葉遣いでOKしていた。
「了解いたしました。お誘いありがとうございます。楽しみにしております」
あんな心細そうな誘い方されたら、誰だってかわいそうになって、OKしちゃう!

土曜日。B町のフレンチに時間どおりに行った。
こんな高い店、初体験! ゴージャスな店内を見渡すと、奥のテーブルに康夫くんがジミ〜に座ってた。やっぱ、康夫くんって魅力ない…。
ふと反対側を見たら、なんとトオル! もちろんひとりじゃない。マダムみたいな中年女性と、楽しそうに食事している。
なんなの、これ! 偶然?
ウェイターに促されてテーブルに着いた私は、気を取り直してにこやかに言った。
「佐々木さん、今日は、お招きくださって、ありがとうございます」
「あっ、あ、、いえ、その…」
そのあとはもう、ほんとうにお通夜みたいだった。
康夫くんは、ただうつむいているだけで、話しかけることもできないようだったから、私があたりさわりないことを話しかけて、沈黙を避けていた。
きっとすごくおいしい料理だったんだろうけど、味わえる気分じゃなかった。
会社のお得意さんだから気を悪くさせちゃいけないし、視界の端に見えるトオルのことも気になったし。

翌日の日曜日、落ち込んでたら、2週間ぶりにトオルから電話があった。
「おまえ、昨日、ベルエポックにいただろ」
「うん、なんだ、トオル、気づいてたんだ。トオルもいたじゃん」
「お見合いだってな」
「え〜。ひどい。そんなんじゃないよ。頼まれたから行っただけだし」
「それでね、俺も考えたんだ。俺たち、そろそろ潮時だなって」
「どういうこと? 潮時って。それに、トオルと一緒にいた人…」
「知らないのか。虎安の奥さん」
「えっ、そうだったんだ。知ってるけど、暗かったからわからなかった。でも、どうしてトオルが?」
「おまえの会社もそうだろうけど、うちでもお得意さんなんだよ。だから、つきあえって言われれば断れない」
「だったら、私も同じじゃない!」
「そうだけどなぁ。でも、奥さん、おまえのことすごく気に入ってたぞ。あの娘さんが息子の嫁さんになってくれたら安心だって」
「もしかして、虎安の奥さん。息子のお見合いを監視してた?」
「たぶんな。あの奥さんのやりそうなことだろ。業者の男をつきあわせて…」

電話は、キャッチホンのせいで尻切れトンボに終わった。ますます落ち込む。
トオルは私と別れたいの? もしそうだとして、私はトオルと別れたいの?
わからない。でも、だからって、新しい彼氏が康夫くんってことはありえないよ。
だって好きじゃないもん。好きになれないもん。

でも…。

小さな町だから、噂がすぐに広がる。
「井之口さん、虎安の跡継ぎとお見合いしたんだってね。どうだった?」
電話で、靴屋のオヤジが言ってきたのを皮切りに、隣の美容院のオーナーやランチに行ったピザ屋の店員に冷やかされ、近所で会った同級生のお母さんは、「よかったね。あそこは大金持ちだから、一生安心よ」。その同級生に至っては、「隣町のトオルとつきあってたこと、絶対に言わないからな」。

木曜日。また康夫くんから電話があって、私は、また同じようにOKしてしまった。
今度は、日本料理店。いや、料亭というのかな。お金持ちが接待に使うような、離れの和室でふたりっきり。前の土曜日と同じようにお通夜みたいな2時間半。
でも、私は、“お金持ちが行くところ、社会勉強と思って見ておくのもいいかも”なんて思ってしまい、その次の週も、そのまた次の週も、康夫くんとお通夜デートを続けていった。黙り込んでる康夫くんを見ながら、康夫くんの心の中をいろいろ想像したりして。
康夫くんは、悪い人じゃない。わがままでもない。つまんないだけ。もっと親しくなって、うちとけたら、少しは話してくれて、いいダンナになるかもしれない。
もし、そうなれたら、私はお金持ち夫人―――

春になった。
康夫くんは、少しは話すようになってきたけど、それでも初めて会ったら、感じ悪いと思うくらいの暗さは変わらなかった。
私は、かわいそうな男の子を救済してる気分だった。いいとこ見つけてあげたい、もっと明るくしてあげたいって、いろんなことを話しかけながら、康夫くんのちょっとした反応に一喜一憂していた。

ある日、トオルから、「俺、結婚することになった」と、電話があった。
ずっと連絡していなかったら、トオルとの関係は自然消滅とは思ってたけれど、ショックには違いない。
「見合いをしたらトントン拍子でさ。5歳年下のはたちなんだけど、いい子なんだ。おまえも虎安の息子と幸せにな。暗いけど悪い奴じゃないから。もう、町のみんな知ってるから、失敗するなよ」
その言葉に、私は、ふとトオルは自ら身をひいてくれたのかもしれないと思った。
でも、やっぱり失ったものはとても大きい。柄じゃなく泣けて泣けて、泣きはらしたとき、「もう、ネクラの康夫くんしかいない!」と思ってしまった私。
自己嫌悪に陥った。

ショックは立て続けに襲ってきた。数日後、町に衝撃のニュースが流れた。
虎安、倒産!
最初に思ったことを正直に言うと、“玉の輿の夢、破れた?”
康夫くんの携帯に電話してみたが、つながらない。虎安に行ってみると、店は閉まっていて何の貼り紙もなかった。
隣の雑貨屋の奥さんが出てきて、話しかけてきた。
「へえ、井之口さんも、知らなかったんだ。そりゃ、気の毒さま」
会社に帰ると、社長が「君にも悪いことした」と言ってくれた。
「俺も、今日知ったんだよ。どうも夜逃げだな。負債が十数億あるらしいんだ。遊び人のご主人がだまされたらしいけど、債権者はたいへんだよ。うちも少額だけどやられた。老舗のくせに、ひどいことをするよなあ」

なんてあっけないんだろう。
康夫くんからの週1の電話がなくなって、私は心にぽっかり穴があいたようだった。ゴールデンウィークにもすることがなくて、仕事に出たりしてた。

初夏の匂いがしてきた土曜日、家に一通の手紙が届いた。
へたくそな字で「井之口慶子様」と書いてある裏に、「佐々木康夫」。
住所は書いてない。いまさら何よ!と思いながら、封を切ると、便せんに子どものような不揃いな字が並んでいた。
「井之口慶子さま
ごめんなさい。もう食事に誘うことができません。
こんな僕につきあってくれて、ありがとうございました。
僕は、慶子さんがとっても好きでした」

自分でも意外だったけど、すごく悲しくなって、涙があふれてきた。
トオルの結婚を知ったときと同じくらい、いやそれ以上に泣いてしまった。
なぜって?
へたくそな字で、康夫くんの顔がリアルに浮かんできたのだ。
鬱屈した男の子の顔。心細そうな顔。助けてって訴えてるみたいな顔。
気のきいたこと全然言えないし、楽しそうに見せることさえできない半人前の男。
それなのに、康夫くんの顔が見られない今が、つらい。
なんでだろう?
まさか私、康夫くんこと、好きだったなんてことはないよね。
だって玉の輿目指してたんだし。トオルもそれがわかって身をひいてくれたんだし。
自分にそう言い聞かせてみたけれど、どうにも納得できない自分がいた。
そう、便せんに、これまで聞きたくてもどうしても聞けなかった、康夫くんの生の言葉があったからだ。
はっきりありがとうと、
はっきり好きでしたと、康夫くんは書いてくれていた。
それが、たまらなくうれしくて、ようやく康夫くんの心に届いたみたいで、そして、たまらなく悲しくて。
こんな言葉、もっと早く言ってくれてたら、康夫くんと一緒に夜逃げしたのに…。

私の玉の輿失敗談は、これでおしまい…。
と思ったら、違ったんですね。
何せ、やり手の虎安の奥さんが、跡継ぎのお嫁さんにと思った私だもの。
会いたい気持ちを断ち切ることができなかった私は、本気になって康夫くんの居所を探した。
そして、ついに発見!
康夫くんとご両親は、東京の下町の安アパートに隠れてた。
そこに突然訪ねていった私は、3人の前で、「お嫁さんにしてください」と言って、とまどう康夫くんを強引に連れ出して成田に向かった。
そう、債権者から逃げるには外国がいいもの。貯金を全部はたいてアメリカに逃避行!
今、ロサンゼルス。もうこっちに来て1年。
康夫くんは、留学経験のおかげで英語はずいぶん話せて、日本語をしゃべるときよりずっとまとも。それに最近では、日本語でもよくおしゃべりするようになってきた。
気弱なところは今でも変わらないけれど、スーパーの倉庫の仕事を一生懸命やってるし、私は、最近ようやく翻訳の仕事を見つけて、少しばかりお金に余裕が出てきたかな。

つくづく思う。人間って、どんな人を好きになるかわからないね。
でも、好きになったら、お金なんて関係ないよ。
だって、こんなに幸せだもの。

Fin
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