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LoveLaboratoryFAnetOnline Novels
Spring Special 2006.04.27
10年ごしの初恋
--28歳、美枝子の場合--

Novelization/笹倉 紫 Illustration/福田さかえ

FAnetオンラインノベルは、読者から送られた体験談をもとに書き起こした小説です。
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高校のとき、コンプレックスの塊だった私をからかった同級生のモテ男との10年ぶりの再会。彼はフリーター、私はレストラン店長。まるで立場が逆転したようなふたりの間で明かされる愛の真実とは?


「あれ、高野じゃないの?」
「そうですけど……、あなたは……、もしかして、武田くん?」
「そう、おれ、武田。高野、こんなところにいたんだ。へえ、店長やってるんだ」
5月の新緑がまぶしい頃、武田くんは、私が店長をしている東京近郊のファミレスに客としてやってきた。高校を卒業して10年、ふたりとも28歳になっていた。
「懐かしいなあ。おれ、今、この近くに住んでるんだよ。でも、今急ぐから、また、寄らせてもらうね」
武田くんは、レジで釣り銭を渡した私に、人なつっこい笑顔でそう言った。私は一瞬の驚きを隠して営業スマイルで答え、お辞儀をした。
「ええ、ぜひ。またのご来店、お待ちしています。ありがとうございました」
私を振り返りながら店を出て行く彼を見送った私は、なんともいえない不安を感じた。封印したものが、ほどかれる不安。押し殺していた感情が再燃する恐怖…。
武田くん、もう来ないで、と、祈った。

だって、高校時代の私に、いい思い出なんかひとつもない。
高校生の私は、無愛想なかわいくない女子で、コンプレックスの塊で、最低限しか口をきかず、休み時間は本を読み、放課後は美術室でキャンバスに向かい、学校と家を往復するだけの毎日だった。そればかりではない。クラスの男子からはいじめを受け、県の美術展で入賞した絵が文化祭に展示されると、誰かにそれを引き裂かれ…。
武田くんは、私の所属していた美術部の部長で、学年でも1,2をあらそうモテ男。私は、イマドキ静物画かと馬鹿にされながら、ひたすら花を題材に油絵を描き続けていた一部員。作品の方向性も性格も正反対だったから、高校3年間、ほとんど口をきいたこともなかった。
そんな関係なのに、たった1度、思い出したくないのに忘れられない思い出がある。

卒業を目前の控えたころ、放課後、いつものようにキャンバスに向かっていた私に、武田くんが突然話しかけてきた。ニンマリとした顔を近づけて、彼は言った。
「おれがいつも、日比野克彦を超えてやる〜って言ってたの。高野、バカにして聞いてただろ?」
「え? そんなことないけど。よく言うって思ってただけで」
「そ、よく言うって思うよな。そんな才能ないのに。高野は、山岸の作品はいつもじっくり見てたけど、おれの作品なんてチラッとしか見ない。見透かされてるって思ってたよ。おれの作品は、一般大衆の目をひくポイント、おさえてるだけだもんな」
「そんなふうに思ったことはないけど。ただ、あまり好きじゃないから」
「いいんだよ。とにかく、おれは東京の美大に受かった。どこまで行けるか、東京で試してやるんだ」
武田くんの突然の言葉にドギマギしていた私に、彼はさらに驚くようなことをした。
なんと、座っている私の額に、立ったまま、上からキスをしてきたのだ。私は思わず、小さな悲鳴をあげた。
「おれ、ホントは高野の絵が好きで、高野のことも、好きだったんだ」
私の耳元で武田くんは甘くささやいた。そのときの私には、悪魔の誘いのように聞こえた。
「うそ! そんなこと言って! からかわないでよ!」
肩に置かれた彼の手を振り払って、私は逃げだそうとした。
すると、武田くんは、私をぐいと引き留め、あらがえない力で両腕の中に抱きしめた。
「うそじゃない。でも、言えなかった。おまえ、どうしようもなくマジでスキがないから。でも絵の才能は、おれよりある。大阪の美大に行って、きっと成功する。きっと、おれなんかよりずっとずっと成功する…」
そう、彼は小さな声で言って私を放した。私は泣いて、部屋を飛び出した。
――私をからかって、あとでみんなに言って笑いモノにするために、あんなことしたんだ。絶対に本気になんか、しちゃいけない。
私は、そう、自分に言い聞かせて卒業式を迎えた…。

あれから10年、私は、大阪の美大で4年間絵を描き続け、東京と関西で就職活動をして全滅。ほとんどやけっぱちで面接を受けた首都圏中堅のレストランチェーンに採用されて、今は東京近郊のファミレスの店長に落ち着いていた。
仕事は思いのほか順調だった。就職のために大好きな絵を捨てたとき、もう仕事のほかにすることがないと、仕事に専念したのがよかったのだろう。たたきあげの社長からも気に入られ、一年前には創業以来初の女性管理職に抜擢された。もともと人間関係が苦手な私だったが、仕事は目標が決まっている。目標のもとに人と接したり、人間関係を作っていくことはわりあい簡単なことだった。
仕事をして初めて、私は人に認められる快感を知った。絵を描いているときも楽しかったが、自分だけの閉じた世界。それが今は、よくやったと言ってくれる上司がいて、私の仕事をまねようとする部下がいる。描きたい絵を描くことも、したいと思う作業をすることも、あまり変わらない。やはり、誰かがそれを見て何か言ってくれることは、うれしいし、やりがいがある…、そんなふうに思うようになっていた。

「もう来ないで」という祈りは、叶わなかった。
武田くんは、3日後にやって来た。わざわざウエイトレスに、「店長の高野さんを」と言いつけて私を呼び出した。
私は、店長の余裕で、まずサービスのデザートを持って行かせ、その後で挨拶に出て行った。
「いつも、ありがとうございます。そして、ほんとうにお久しぶり」
「なんだよ、ずいぶん、他人行儀だな。ふるさとを遠く離れた東京で、こんなふうに偶然出会ったのに。今、どうしてるのって聞かないの?」
高校時代と同じ、明るくさばさばとした武田くん。肩まで伸びた黒々とした直毛、彫りの深い顔立ち、白い洗いざらしのTシャツとジーンズ。上背のある彼には、それがすごく似合っていた。
「えっ、そういえば…。武田くん、このへんに住んでいるとか」
「そうそう、最近、この近くにアトリエ兼住まいを構えたんだ。だから、ちょくちょく寄らせてもらうよ」
「いいなあ、武田くんは、今もアートしてるんだ。グラフィックデザインとか?」
「ん、まあね」
武田くんは、そういってテーブルの上にあった紙ナプキンに住所らしきものを書いて、私に差し出した。
「これ、ぼくの住所。すぐ近くだから、来てよ。今夜、仕事が終わってからでも、ちょっと寄ってくれないかな」
「今夜? そんな急に?」
「だったら、明日でもいいよ。待ってるから。もうずいぶん高校時代の仲間に会ってないから、すごく懐かしいし、昔のこと話したい気分なんだ」
武田くんらしい押しの強さに、私は思わず、「明日なら」と言ってしまった。
「よかった。ありがとう。じゃ、待ってるね。きっとだよ」
彼がくれたメモを持ってオフィスに戻ろうとしたとき、彼が立ち上がって、私の耳元でささやいた。
「あのときの続き。10年ぶりに挑戦していい? あのときは、こてんぱんにふられちゃったけど…」
私がビクッとして身をそらせると、「いや、違う! 誤解しないで。強引なことをするつもりじゃなくて、誠意を尽くしたいだけ。あのとき、できなかったから」
武田くんらしからぬ悲痛さを感じさせる声だった。
私の心は大きく揺れた。
――あのとき、武田くんは、私を笑いモノにするつもりだったはず。でも、もしかしたら違ってた? 本気だった? いや、あのとき成功しなかったから、もう一度笑いモノにしようと画策してるの?

それでも、私は、もはや10年前の私ではなかった。大人の余裕と勇気を持っていた。もし彼が、私をからかうつもりなら、それがわかった時点で逃げればいい。そう思って彼の誘いにのることにした。

次の日、夜の9時すぎに、おみやげの果物を買って、彼のメモにあった住所に行った。しかし、アトリエ兼住まいらしき建物は見あたらない。あったのは木造2階建ての古ぼけたアパート。
まさかと思いながら、アパートのポストを見ると、201号室が「武田」だった。私は階段をあがって、201号室のドアをたたいた。
「やあ、きてくれたね。うれしいよ」
「こちらがアトリエ兼住まい?」
「それ、皮肉? いや、いいんだ。おれの言ったことだもんね。ばれるとわかってても、店長の高野を前にすると見栄をはりたかったんだよ」
そういって武田くんは、私を、よくあるキッチン付きワンルームの部屋に招じ入れた。彼は、小さな冷蔵庫から缶ビール2つを出してきて、部屋の真ん中の小さなちゃぶ台に置いた。
「狭いところですが、さあ、どうぞ」
武田くんと私は、ちゃぶ台を挟んで腰を下ろした。
部屋の中には、画材も何もない。小さなちゃぶ台のほかは、本棚ひとつの殺風景な部屋。そして、間近に見る武田くんは、意外にも10年前とは全然違う、悲しげな笑顔を浮かべていた。

「あの店じゃ、高野に出会えたうれしさもあって、無理して高校のときのおれのイメージで見栄はってたけど、今のおれは、ほんとはサイアクなんだ。仕事もほとんどしてない。フリーター同然。あのとき、高野にふられて以来、おれの人生は下降線の一途でさ。キャリアウーマンになった高野とは正反対なんだよ」
そう、力なく語る武田くん。彼によれば、大学をそこそこの成績で卒業し、そこそこのデザイン事務所に就職してグラフィックデザイナーになったはいいが、新しく入ってきた上司とそりがあわずに2年前に退社。それ以来、フリーでの仕事もほとんどなく、今は、アルバイトをしながら食いつないでいる状態。
「私は、大好きな絵を捨てて、安定した仕事を手に入れただけ。武田くんは好きなことを続けているんだもの、しかたないよ。厳しい世界だもの」
「それ、慰め? 高野が人に慰めを言えるようになったのか…。なんかホントに逆転だなあ。高校時代の高野は、すごく暗くて、男嫌いって言われて、キッと口をつぐんで我慢してるような子だったよな」
「いやなこと、思い出させないでよ」
「でも、なあ、今考えると、高校時代のおれは自信満々すぎて、おまえの気持ち、全然わかってなかったんだよな。あのとき、ふられたときも、このおれがどうしてだよって、腹が立ったもんだ。けど、今のおれなら、よくわかる。自分に自信がなくて、誰も自分のことなんか見てくれてない、バカにされてるって思い込んでる卑屈な心境。そういうときって、どんなことも悪いほうに思えるんだ」
「そうよ、そうだったの、私。みじめだった。そんな私を、あなたは、笑いモノにしようとした…」
「あのとき? それは違うよ。あれは本気だった。高野のほうが、コンプレックスのせいで、人の言葉を素直に受け取れなくなってたんだよ。じゃなくちゃ、好きだって告白した男に、痴漢だの、わいせつ罪で訴えるだの、言えるか?」
「えっ、そんなこと、私、言ってない!」
「言ったよ。ショックだったからよく覚えている。おれが抱きしめたとき、わめいてた。痴漢だって大声出すわよって脅された。それで、さすがのおれも、あきらめたんだから」

10年後に初めて知る、あのときの真実。
あれは私を笑いモノにしようとしたモテ男の策略ではなく、真の愛の告白だった?
「だって、どうして、あんなにモテた武田くんが、ダサい、いじめられっ子で、美人でもない私を好きになる? そんなことあるわけないと思うでしょ」
私が反駁すると、武田くんは上目使いの優しい目をして、話を続けた。
「高校のときの高野って、ホント、自分のこと、全然わかってなかったんだな。美人じゃないかもしれないが、ブスじゃない。ほかの子と同じくらいにはかわいかった。それなのにね、高野は、男子に対して強烈なバリアをはってたんだよ。男子が話しかけたりチラッと見たりすると、すぐさま察知してすごい目でにらみ返してくるか、完全無視を決め込む。クラスの男子はみんな、おまえの強烈な拒絶パンチを一度は体験したんだ。それで、くやしいから、からかうようになったんだよ」
強烈な拒絶パンチ? 私の記憶にはまったくない。
「おれは美術部に入ってすぐ、高野の絵を見て、色使いがすごく気に入ったんだ。で、この絵を描く子は誰かと思って、それから、ずっと高野のことを気にしてた。でも、高野は、男という男すべてを視界から排除してるようだったから、とても、話しかける勇気が持てなかったんだ。卒業を前にして、ようやく勇気を出したのが、あのときだったんだよ」
「そんなこと、今さら言われたって、信じられないよ…」
私は、高校時代の自分をありありと思い出していた。入学したときの不安、いじめられて歯を食いしばって涙を我慢したとき、絵を描いて心を癒していたとき…、そのときどきの心のこわばり、痛み、周囲への恨みや敵対心、私が感じたすべての感情が一度によみがえってくると、自然と涙がこぼれてきた。
「男ってさあ、どんなに押しの強い奴でも、女が、一瞬でも、ほんのかすかな兆候でも、自分を受け入れてくれるかも、と思えるシグナルを出してくれないと、やっぱり勇気が出てこないんだ。高野には、それが一切なかった。驚くほどカンペキだった。おまえも辛かったんだろうけど、おれも悲しかったよ」
高校時代の私、確かに、男が怖かった。恋愛ドラマや恋愛小説は好きだったけれど、生身の男は怖かった。心を少しでも許したら、いじめられると信じていた。
「でも、高野って、絵を見たり描いたりしてるときだけ、優しい顔してたんだよね。ああ、あんな顔でおれのこと見てくれないかなって、思ってたりしたんだけどな、結局、一度もそういうことはなかった」

武田くんの言葉を通して思い出す思春期の私。それは、私自身うすうすわかっていながら、心の奥底に封印した私の姿だった。
男に対して少しでもスキを見せたら、お母さんと同じ目にあう。だから絶対にスキは見せてはいけない。
お母さんは、お父さんに捨てられた。お父さんは、私が中学のときに私と母親を捨てて、ほかの女のところへ行った。捨てられたお母さんは、何度も何度も私に言った。
「美枝子、あんなに優しかったお父さんでも裏切るんだから、絶対に男を信じてはダメよ。美枝子は、大人になっても、絶対に男に頼ってはダメ。自分で働いて生きていけるようにならないとダメよ」

武田くんは、私が何を思い出しているか、察したようだった。
「知ってるよ、高野の家庭の事情。といっても、卒業してから知ったんだけどな。そうか、そうだったのかって思って、それで、高野に再挑戦したいって思ったこともあったんだ。でも、おまえ、大阪だったし」
「私、会社に入って、仕事を介してなら、男の人も怖くないと思えるようになった。でも、そうじゃないと、やっぱり怖い。プライベートな関係は、やっぱり、今でも怖い」
私は、泣きながら告白した。こんなことを言うのは、生まれて初めてのことだった。
「今、目の前にいる、おれのこと。怖い?」
「ほんとうのこと言うと、やっぱり、ちょっと怖い」
武田くんは、力なく笑った。
「今のおれ、高校時代の高野より、ちょっとばかしマシだと思わないか? こんな最低サイアクで、自信喪失状態でも、キャリアウーマンの高野に、素直に話してるよね。ほめてもらいたい気分だよ」
「でも…、私にとっては、今でも、武田くんは、高校時代の武田くんのままだよ。昨日会ったときも、今日も、カッコいいって思った」
「カッコいい…か。高校生みたいな言い方だけど、うれしいよ」
不思議だった。長い間隠してきた気持ちなのに、なぜかすんなりと口に出せた。私は泣き続けていたけれど、言葉はなんの気負いもなく、しゃべろうという意志とも無関係に、自然に発することができていた。
ふと目の前の武田くんを見ると、彼もチラリと涙を見せていた。
「いまのおれは、正真正銘のみじめな文なしだ。店長の高野には似つかわしくない。でも、高野を抱きしめたい。10年ぶりに、抱きしめてもいいかい?」
私は、コクリとうなずいた。
「高野、10年前も今も、大好きだよ」
武田くんは、私の腰に手をまわし、額に優しくキスをして、両腕で力強く抱きしめてくれた。
心地よかった。
全身の力を抜いて男の胸に抱かれることは、たとえようもなく幸せで、甘くて、あたたかい。
「こうやって立場が逆転して、ようやくお互いに素直になれたのかもしれないね」
武田くんの胸の中で、心がすぅっと落ち着いてきた私は、涙声でそう言った。
「よく言うよ。でも、成長したなあ、高野。これからは、女としても成長してくれ。俺のほうは、仕事でもっと成長しなけりゃいけないけど。こっちは、高野に教わりたいな」

初めての熱いキス。
28歳にして初めてのディープキス。
私は、戸惑いながらも、彼のリードのままに、体中を熱くしていった。

Fin
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