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●彼は早見剛。中堅のソフトウェア会社に勤めるシステムエンジニアで28歳。私、西山香恵は、小さな貿易商社のOL、27歳。お互いそのときフリーだったこともあって、私たちは、あっという間に恋人同士になりました。
●というか、とても不思議だったんだけど、剛の話し方とか身振りとか、私にはすごくフィットしちゃって、私が夢中になったんです。出会った週末には、「うちのパソコンが動かなくなって」なんて言って、彼を私の部屋に呼んでしまい、次の週も毎晩のように仕事帰りに会って、急速に親しくなっていきました。
●ただ、そろそろ夏休みという時期なのに、彼も私も仕事が忙しくて、「ほんとなら、一緒にグアムとかハワイに行きたいのに」なんて、私はぶつぶつ言ってて、彼は、「みんなが東京にいないとき、僕たちふたりだけが東京にいるのも悪くない」なんて言ってて…。
●彼は徹夜の連続、私もヨーロッパやアメリカとの連絡業務なんかで残業と休日出勤。互いに疲れ果てて私の部屋に帰ってきて、そのまま何もせずに眠りこける日が多かったですね。でも、愛し合っていれば、ハワイやグアムなんか行かなくても、互いに触れあっているだけで癒されるんだなあなんて思いましたっけ。
●あれはお盆休み直前の金曜日でした。テレビでは朝から高速道路の渋滞情報をやっていて、それを見てから出勤したら地下鉄も道路もガラガラ、会社のあるビルも人がまばらでエアコン効き過ぎ。
●仕事中、剛からメールが来ました。「今夜、ドライブしない?」って。渋滞してる日に…って思ったけれど、土日は久しぶりに休めそうだったし、彼のクルマにまだ一度も乗ったことがなかったから、「遅くからならOK」と返信して、ちょっとワクワクしました。
●結局、彼のクルマに乗れたのは、深夜の2時。剛の顔が赤くて、疲れてるんだろうなと思ったけど、「ようやく仕事から解放されたね。さあ、どこ、行こうか?」って言ってくれて。私が、どこにもいけないってぶつぶつ言ってたので、無理してドライブに誘ってくれたんだなと思いました。私は、そんな剛に甘えて、「やっぱり海がいい」と答え、剛は、「平凡だけど、伊豆かな」なんて言いながら走り出して、首都高から東名に入ったんです。深夜の割にはクルマがたくさんいたけど、まあスイスイ走れました。
●私、深夜のドライブは初体験でした。暗闇の中、クルマのヘッドライトがキレイに流れて、ふたりだけで深夜ドライブするのってロマンチックですよね。
●1時間ちょっと走って御殿場で高速を降りて、修善寺方向に向かいました。そのころ、「天気もいいし、キレイな夜明けが見られそうだよ」と剛が言ったので、私、「わあ、うれしい!」って、すごく期待しちゃったんです。なんか仕事疲れが高じたのか、私、とっても高揚していました。「水平線から朝日が見えてきたら、ステキだよね」って言ったりして、疲れてる剛にさらに無理させちゃったんだろうと思います。
●東伊豆の海岸に沿った道路に出たあたりで、剛が、疲れたからちょっと休むといってクルマを止めたんです。でもそろそろ夜明けだったので、素敵な場所で朝日を見たいと思った私は、「朝日を見るのに、いいとこ、どこ?」って聞いてしまいました。そうしたら剛が、「あと30分ぐらいのところに、ある」って言うので、「早く、行こうよ、もう夜明けだよ」ってせかしてしまった。剛は、「うん」と言って、顔をバシッバシッと両手でたたいてから、すぐに走り出してくれたんです。
●ああ、それがよくなかったんです。
●だから私のせいなんです。
●道は海岸線で曲がりくねっていました。あるカーブを曲がろうとしたとき、反対側から、急に、大きなトラックが見えてきたんです。ほんと、突然でした。まるで目の前にたちはだかるように見えました。「あ、やばい!」って、剛が言って、私はハッとして、もう、それからのことは、覚えていません。
●気がついたら、私たちのクルマは、崖の先っぽにひっかかるように止まっていました。もう少しで崖から真っ逆さま。剛が一瞬のうちにハンドルを切ったみたいで、トラックとの衝突は避けられたけれど、私たちのクルマは、ガードレールと大きなクルマにはさまれてぺしゃんこ。
●救急車のサイレンが聞こえてきて、大丈夫かと声をかけられて、タンカにのせられて…、うろ覚えですが、病院で手術を受けたのは覚えています。
●幸い、私は、足の骨折と軽いむちうちだけでした。
●でも、剛のほうは…。
●頭を強打したせいで、1日ぐらい意識不明で、2日めには意識を取り戻したけど、危険な状態が続いていると聞きました。でも実際のところ、私は、よく知らないんです。私も3週間ぐらいベッドから離れられなかったので、田舎から来てくれた母親に看病されていて、剛のほうもお母さんがつきっきりだったとか。
●私たち、まだ知り合って間もなかったので、共通の友達がひとりもいなかったんです。だから、ふたりとも動けない状態では、連絡のとりようもなかったんです。
●それに、私は、もうどうしようって…。罪の意識にさいなまれていました。
●だって、事故は私が疲れてる剛をせきたてたせいでしょう。私は骨折だけですんだけど、剛はずっと重傷で、命に別状はないといっても、まともに話ができるような状態ではないって話だったし。
●剛に、私が、ごめんなさいと言ってたと伝えてほしい、と、母に頼んだんですが、母のほうは、「結婚前の娘を夜中に連れ出したのは、あっちのほうだ」と怒っていたんです。親同士は、初対面のときから険悪だったって、看護士さんから聞きました。
●入院したのは、伊東の病院だったんですけど、剛は、私がベッドから起きあがれるようになる前に、東京の病院に移っていきました。親戚に名医がいるとかで、そこに行ってしまったんです。
●私は、1か月入院して退院したんですが、母親に「まだひとりで生活できる体じゃない」と言われて、そのまま宇都宮の実家に戻りました。
●実家に落ち着いてみると、なんか、夢を見ていたのかなって思いました。
●雨の日に再会して、愛し合うようになって、事故に遭うまで1か月足らず。剛との日々を思い出すと、本当にあったことなのだろうかって思うほど、夢みたいに美しかった。
●東京の大学に進学して、就職して9年間。剛に会うまでの私は、熱烈な恋愛することも、何かに一生懸命になることもなく、適当に働いて適当に遊んでいました。10年近くも一人暮らししていると毎日がマンネリで、そろそろ親のすすめるお見合いでもしようかなって思ってたころ、突然、剛が現れたんです。
●世の中にはひとりだけ、自分と赤い糸で結ばれている人がいるっていうでしょ。剛は、まさにそういう人だと思いました。何の気負いもなく思ったことを素直に話せる。それに私は、彼の話すこと、すること、すべてにひかれてしまう。心を裸にしてどんどん近づいていくと、剛は、そんな私を丸ごと受け止めてくれる。しあわせすぎて怖いと思ったことも何度もあったんです。
●だから、交通事故で剛と引き離されて、気がついてみれば、元に戻ったって感じでした。落差が激しすぎて、剛とのことは夢だと思ったほうが、納得できる気がしたんです。剛との関係って、平凡な私には、うまくいきすぎって感じがあったんですよね。だから、これ以上、欲を出したら自分が傷つくような気もしました。
●ただ、あの交通事故は私のせい、という罪の意識だけは、どうしてもぬぐえませんでした。だから、いやがる母親を説得して入院先を聞いてもらい、お見舞いにいくことにしたんです。お見舞いにいく前に、自分に言い聞かせました。もう剛とのことは終わりなんだって。また元の恋人同士に戻れるなんて期待しちゃいけない、ただ、人間として、ごめんなさいを言わなくちゃいけないから、だから一度だけお見舞いに行くんだって。
●剛は、東京の大きな病院に入院していました。院長さんが剛のおじさんでした。剛の家ってお金持ちだったんだって、そのとき初めて知ったんです。母親と一緒に病室に行くと、お母様がいらっしゃって、私たちが挨拶をすると、ちょっといやそうな顔をされて、「松葉杖をついていらっしゃるのに、わざわざいらしていただき、すみませんねえ」って、招かれざる客だってことが、よくわかりました。
●剛は眠っていました。頭には包帯が巻かれ、腕には点滴がされていました。お母様は、「まだご挨拶できるような状態ではありませんのよ。でも、少しずつですが回復しているようで、顔色もよくなってきました」と。
●私は眠っている剛を前にして、心の中で、ごめんなさい、ごめんなさいと何度も謝りました。剛はきっと聞いてくれているからって信じて。ホントは、せめて剛の手を握りたかったけれど、お母様の前ではできませんでした。
●病室にいたのは数分だけでした。お母様は、詳しい病状は教えてくれず、「後遺症は残らないだろうと言われています。回復にはだいぶ時間がかかるようです」とだけ話してくれました。
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