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Mid Summer Special 2006.08.10
ひと夏の純愛・私の場合
--27歳、沙織の場合--

Novelization/笹倉 紫 Illustration/福田さかえ

FAnetオンラインノベルは、読者から送られた体験談をもとに書き起こした小説です。
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高級リゾートクラブのテニスコートで出会った日焼けした背の高い青年は、私の心に突然、少女の心を思い出させてくれた。計算も打算もなく、ただ彼に会いたいと思う気持ちだけで、出かけていった私…。


恋って、したい、したいと求めているときは全然できないのに、もういいや、なんて思っていると、いつのまにかしてるもんなんですね。
あのとき、5年つきあって結婚寸前まで行った彼と別れ、それから1年ぐらい男ほしい病で悶々としてて、全然ダメだから、もうやめた!って思った直後でした。たまたま親友に誘われて、7月の始めに高級リゾートクラブのホテルで、早い夏休みを楽しんだんです。
女ふたりで行ったんだけど、その友達のフィアンセの親が持っているリゾートクラブで、普通のOLが行けるようなところじゃなかった。ホント、着いたときは、私、「キャー!素敵!」て叫んだくらい。そんな高級ホテルで、私、まるでお金持ちのお嬢さんのように恋をしちゃったんです。
自分で言うのもなんだけど、フランス映画なんかにありそうな恋でした。といっても、本人がそう思ってるだけですけど(笑)。
キスもなし、セックスなんてもちろんなくて、完全プラトニックな恋だったけど、人を純粋に好きになるって、ホントはこういうことなんだって、あれからは思っている。あれ以来、そんなこと一度もないけどね。



場所は蓼科、会員しか行けない高級リゾートホテル。庭もインテリアもそりゃあゴージャスだったけど、実は、私たちの目的はテニスでした。一緒に行った友達とは大学時代のテニスサークル仲間で、卒業してからずっとやってなかったテニスを思う存分やろうよって、その子が誘ってくれたの。それと、彼女がその翌年には結婚する予定で、もう気楽に女同士で旅行なんてできないだろうからって…。
ところが…。彼女、麻美って言うんだけど、ホテルに着いてすぐにテニスやったら、あっという間にねんざしちゃったんです。仕事で疲れてたのに無理したから。で、私も、彼女を介抱しながら、相手がいなくてはテニスできないと落胆していたら、「ここは、ひとりで来ても相手をしてくれる人がいるって聞いてたよ。私に遠慮しないでいいから、行ってみたら?」って、彼女が言ってくれたんです。麻美は読書魔でもあったから、私も気にしないで、早速テニスコートに行ってみました。
コートの入り口で、誰かいるのかなあって見回したら、「お相手しましょうか?」って、誰かが声をかけてくれた。あとでわかったんですけど、一人でテニスをやりに来た客のために、近くの大学のテニス部をバイトに雇っていたんです。テニスコートの管理とかも彼らが中心になってやっていて、よく見ると4,5人の学生がいました。その中のひとりが、声をかけてくれたんです。
それは、よく日焼けした背の高い青年でした。腕ががっちりしてて、いかにもスポーツマン。私、「はい、お願いします」って、学生のノリになって挨拶して、早速、打ち合いを始めました。もちろん、あっちのほうが格段にうまい。でも、私の力量に合わせてくれてるんだってすぐにわかったから、つい一生懸命になってしまいました。楽しかったなあ。テニスに夢中になるなんて、大学卒業以来初めてのことだったし。
自分でもどれくらい下手になってるかわからなかったけれど、彼が合わせてくれるおかげで、昔のフィーリングをどんどん思い出してきて、スムーズに打ち合いができるようになりました。「そろそろ、疲れてきたんじゃないですか」って、彼に何度か言われたんだけど、「もう、ちょっと」「もう、少し」って頼んで、結局、2時間くらい、夢中になってテニスをやってしまいましたよ。

でも、その日は、テニスができたことが、すごく楽しかっただけ。ほかのこと何も考えずにスポーツに集中すると、ストレスなんて吹っ飛んでしまうでしょう。心地良い肉体疲労に全身包まれて、「ああ、気持ちよかった…」って、ホテルの温泉に入って極楽気分でしたね。
部屋に帰ってみると、麻美はフィアンセと電話してて楽しそうだったし、こっちが何をしてたかなんて聞いてもこなかった。それに、麻美とレストランでディナーをとったら、これがまたすごい豪華コース。なんて、素敵な夏休みになったんだろうって、ホント、最高の気分で眠りについたわけです。

次の日は、麻美が、「テニスはできないけど、ゆっくりなら歩けるから、近くの美術館に行ってみたいんだけど、どうする?」と言ってきたので、「悪いけど、私はテニスがしたい」と言って、別行動にしました。
一緒に夏休みを楽しむつもりで来たのに悪いかなあと思ったんだけど、それでも、私、テニスがしたかった。麻美は、そんな私の気分がわかって、「いいよ、いいよ、気にしないで」って、まあ、なんというか、あれは、好きな彼氏との結婚が決まってる女の余裕ですよね。実際、彼女、早くも、高級ホテルにふさわしいマダムの雰囲気を漂わしてきててた。それと反対に、私は、テニスをやったせいか、学生気分に戻っちゃってました。
朝食を終えて、そそくさとテニスウェアに着替えてコートに行くと、例の青年がいたので、早速、目の前まで行って、「今日もお願いします!」って、深々と頭を下げたんです。
彼は、びっくり! そりゃ、そうですよね。バイトとしてお客さんの相手をしてるつもりが、突然、後輩にされるみたいに、挨拶されたんだから。でも、彼、田舎の青年にしては、対応がスマートでした。「はい! 喜んで!」と笑顔で答えて、さっさとラケットを持ってきて、「今日は、ゲームしますか?」って。
この日、ゲームしている最中だったなあ。「私、この人のこと、好きになってるみたい」って思ったのは。サーブで空を見上げる姿や、タオルで汗を拭くときなんか、すごく魅力的に見えちゃって。いいな、男の人のこういう姿って…って、見とれちゃったりしてました。
ゲームと言っても、彼が本気になったら、私が彼のサーブをレシーブできる可能性なんてふたつにひとつもないから、あくまでも彼が合わせてくれたんですけどね。それでも、彼の合わせ方が巧妙だったおかげで、私はゲームに集中できたし、そんな彼の心遣いもすごくうれしかった。
3セットやって2対1で私の負け。ま、勝敗なんて関係なくて、私は、相手をしてくれたお礼をしたいからと、彼をランチに誘いました。誘ったときは、私は社会人のお姉さんよ、って雰囲気で言ってみたんだけど、心の中は、もう彼に対する好奇心でいっぱい。名字が江上くんで、大学は近くの国立大ということしか知らなかったから、いろいろ聞きたかったんです。実家はどこ?とか、彼女はいるのか?とか。といっても、彼氏にしたいなんて具体的に思ってたわけじゃないですよ。ただ、とにかく、彼を見て、彼と話していたいと思っただけ。

ランチもすごく楽しかったですね。ホント、さっきも言ったけど、彼は受け答えがとっても自然で、こっちに負担を感じさせないスマートさがあったんです。それが、ホレたいちばんの理由かもしれない。私、コミュニケーションがうまくないから、相手がぎこちないとダメになっちゃうほうなんです。そんな私が、自然に、いろいろと聞くことができたんだから、たぶん、彼がそういう雰囲気を持っていたんです。
ランチでわかったのは、彼が22歳で、経済学部で、テニスサークルの部長をしてて、来年卒業なんだけど、卒業したら、親がやってる会社で働く予定ということ。彼女はいるかってことは、さすがに聞けなかったけど、これは、あとでわかっちゃった。
でも、ランチのときの思い出は、彼のプロフィールを聞いたことより、彼を身近に見つめていたことのほうが大きいなぁ。彼、客観的に見たら美系とは言えないと思うけど、そのときの私には、すごくセクシーで魅力的に見えたんです。
それは……、なんていったらいいかな、そう、映画でセクシーな俳優の表情やしぐさに見とれるときのような感じ。いつもは気がつかないちょっとした視線の変化や指の動きとか、そういうのに目が行って、そのひとつひとつが、ああ、男の人って素敵って思っちゃうような、そんな感じ。
あらためてスポーツをやってる男性ってセクシーだなあって思いました。無駄な贅肉がついてない筋肉の筋ってキレイでしょ。適度に日焼けしているからボディの曲線がキレイな陰影になって見えるし。私は、彼そのものというより、男性美に見とれてたのかもしれないですね。
ランチが終わったとき、「午後も相手してくれます?」って聞いたら、「すみません。用事が」と言われて、ちょっとがっかり。でも、彼、「明日、まだいらっしゃいますか」って聞いてくれた。「午前中はいます」と答えると、「じゃ、明日もやりましょう」だって。うれしいフォローでしょ。

それで、その日の午後は、美術館から帰ってきた麻美とおしゃべりしながら過ごしたんです。麻美に、江上くんのことを話したら、彼女、敏感に察して、「ちょっと、ホレた?」ってニヤニヤ。「だって、相手は学生だよ」と答えたら、「今は年下が流行だからねえ」と言うから、逆に私は、これってやっぱり恋?とか思い始めちゃいました。そのせいかなあ、その夜、私、彼のこと、夢に見ちゃったんですよ。ズバリ、江上くんとデートしてる夢。それも、麻美が行ったと言ってた美術館を一緒に歩いてる夢。夜中に目が覚めたとき、「夢だったんだ」ってがっかりしたほど、リアルな夢でした。

翌日のテニスは、もう、私、ずいぶん意識してましたね。もちろん、表には出さなかったけど。
でも、その日はもうチェックアウトする日でもあったから、テニスをやりながら、「もう帰るんだ、このままだったら、これで終わりだ」なんて思ったりもしてて。心の中では、「こういう恋は、小さな恋の思い出で終わらせるのがいい」という気持ちと、「夢でしたように、一度はデートしてみたい」という気持ちが交錯してた。それに彼とレシーブの応酬するのが楽しくて楽しくて、彼の姿を見ているのが幸せで。ああ、私、やっぱり恋してる、とか思って、たぶん、江上くんのこと、ホレた女の目で見てたんだと思います。江上くんが気づいていたかどうかはわからないけど。彼、たぶん気づいていても、気づかないふりをするタイプだと思うので。

でも、結局、私は、何もできませんでした。そのまま帰ったんです。そのときは。
あのとき、もう一度、麻美が私のこと、からかうか何かしてくれたら、勇気が出たかもしれないけど、麻美は麻美で、フィアンセと何度も電話してて、心はすでに東京に戻ってましたからね。

三度のテニスと一回のランチの、小さな恋の思い出。
今思うと、それだけにしておけば、こんなにも長く記憶に残ることもなかったと思うんですけど。



帰ってみると、東京は猛暑でした。でもって仕事は、なぜかトラブル続き。しかも早く夏休みをとったから、同僚が仕事を押しつけて休みに入るし…。もう8月はへとへと。体力には自信があるほうだったけど、暑さのせいもあってか、仕事以外の時間はずっとベッドに入っているという日が続きました。何をやってもうまくいかないから、さすがの私も自己嫌悪に陥っちゃって、「ああ、もう、こんな暮らし、いや!」って思ったんですよね。で、そんなとき、頭の中に、ぐわーんとリアルに広がってきたのが、テニスの思い出。ああ、江上くんって素敵だったな、優しかったな。あのときの私、充実しててすごく幸せだったなあって。
で、いったん思い出すと、どんどん江上くんのことが恋しくなる。
会いたい、もう一度会いたい、あと一度でいいから会いたいって。きっと、また江上くんとテニスやったら、元気が取り戻せるって。
それでね、もうあとは勢いですよ。麻美に電話して、「本命の彼と、あのホテルに行きたい」と嘘を言った。優しい麻美は、フィアンセに頼んで、8月の最終の土日の予約をとってくれました。
もちろん、実際には、私、ひとりで行きました。江上くんに会いたいという気持ちとラケットを持って。

土曜日のお昼過ぎにホテルに着いて、テニスコートに飛んでいきました。うれしいことに、江上くんはいました。
彼、例によってお客さんのテニスのお相手をしていました。でも、相手は10代っぽい若い女性。まぁ、お客さんの中にも、お金持ちのお嬢さんはいるだろうから、そういう人とやっているのかなと思って、クラブハウスのソファに座って、しばらく見ていたんです。なんて挨拶しようかな、なんて考えながら、もう胸はドッキンドッキン…。
ふと気づくと、近くで学生バイトらしい男の子が2人でおしゃべりしていました。
「あ、江上が彼女とやってる。いいのか? ここで」
「玲子ちゃんだろう。客として来てるんだと思うよ。俺たちとは違うさ」
「そうか、そうだよな。玲子ちゃんの家なら、ここの会員にもなってておかしくないな」
「だろ?」
がーん!ですよ。こんなこと聞くなんて、そのときの私、想像もしていませんでした。頭の上からすごい重たい岩が落ちてきて、体ごと押しつぶされたみたいだった。動けないんですよ、ショックで、全然…。岩に押しつぶされたっていうのは、たとえじゃなくて、本当にそう感じたんです。
「お客さん、おひとりですか? お相手しましょうか?」って、私に気づいた男の子のひとりが誘ってきたんだけど、それに答えるどころか、ふりかえることさえできなかった。完全に、私、凍りついてしまった。寒気がするんじゃないんですよ。体はすごく熱い。血がはすごい勢いで逆流してるみたいだった。涙が出るとか、悲しいとかを通り越してました。ただ、もう、ホントに動けなかった。

そう、これで終わり。
すべて終わりです。私の小さな恋の思い出は、「がーん!」が、ホントに岩に押しつぶされた感じなんだって知った瞬間に、ジ・エンド。
今思うと、25歳を過ぎた大人の女としては、ちょっとかわいすぎ? かもしれないけど、でも、私、ホントに江上くんに恋してしまってたんですよね。会いたい、会いたいって純粋に思い続けてホテルに出かけていって、気持ちが最高潮になったところで、突然、岩が「がーん!」と落ちてきた。
大好きだったなあ、江上くん。あのときの私の恋心って、計算も打算も入り込む余地がなくて、思春期の女の子みたいに純粋だった。おかげで、失恋なのにとってもいい思い出です。
それでもって、江上くん、今でも、私の心の中で、永遠のアイドルみたいに輝いているんですよ。

Fin
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