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 私の恋愛物語入選作品一覧
私の恋愛物語 エッセイ1位校歌筆者 京家 李奈さん

俊也と初めて会ったのは、高校を卒業して、新入社員一同で入社式に向かう電車の中。同期入社の一人だった。すっきりした顔立ちに、明るく大きな声。が、バンドをやっているだの、女の子がどうだの、と誇らしげに話している俊也に、あまりいい印象はなかった。
俊也は、私が当時勤めていた営業所に、数ヶ月遅れて配属された。電車の中での印象が強く、私はよく覚えていたが、俊也は、私のことなど、何も覚えていないようだった。
少しずつ、職場で話すようになってから、次第に、彼が悪い人間ではないことがわかってきた。その人柄と、始めの悪い印象とのギャップ。その上、ユーモアたっぷり楽しませてくれる姿に、私はむしろ魅かれていった。

どちらからともなく、一緒にドライブに行く約束をし、俊也の愛車で隣県まで足を伸ばした日の帰り、私は交際を申し込まれ、正式に交際することとなった。
私にとっては、初めて結婚を意識することになった彼。それにはひとつの訳があった。
交際が始まってまもなく、私は俊也を家に連れて行った。家族は、それほど構えることなく彼を迎え入れ、父も、その気さくな人柄に、心を許したようだった。この街では、何かあるごとに、焼酎を飲む。毎日何かしら理由をつけては、焼酎を飲んでいる、そう言っても過言ではない街。俊也はその洗礼を受けることとなり、その日のうちに、私の父と飲み始めた。
俊也の家はどのあたりかと言う話題になると、一段と二人が盛り上がった。私の父は、いわゆるマスオさん状態。養子ではないが、出身地を離れ、母の両親がいる家に同居していた。その父の生まれ育った場所と俊也の家は、ごく近所だったのだ。
「小学校はどこ? 中学校は? 高校は?」
そんな話をしていると思ったら、今度は二人が、いつの間にか歌い始めている。校歌だ。二人の通っていた学校の校歌。見事に小学校から高校まで、二人は、校歌が同じ。高校は違うはずなのに、俊也が通った高校は、父の出身校から分かれてできたため、なぜか校歌が、引き継がれていたのだ。
赤ら顔で校歌を歌う二人を目のあたりにして、私は、不思議な気分になった。
「これって運命?俊也さんって運命の人?お父さんとこんなに気が合って、校歌まで全部一緒なんだもん」
運命を感じた私とまんざらでもない様子の俊也。その日以来、結婚を意識しているような会話が多くなった。
だが、二人は、あまりに若すぎた。まだ19歳。両親も、「いくらなんでも早すぎる。特に、男性は25歳過ぎないと精神的には、子供なんだから」と言う。貯金もまだないし、それなら結婚は、25歳を目標にするか。二人とも、そんな気持ちで月日は過ぎていった。
俊也が出張で、福岡に行った日のことだ。
「福岡に着くなり、お財布落としちゃった。キャッシュカードも財布に入れていたから、お金がおろせないし」と、電話口の俊也。その口ぶりは、お金を持って、福岡まで来いと言わんばかり。高速道路を使って車を飛ばしても、片道5時間。大変な事態だけれど、仕事もあるのに、そんな無茶はできないと思った私に、名案がひらめいた。私の福岡在住の友人へお金を振り込んで、それを渡してもらえばいい。
俊也は喜んだ。次の日、友人の協力で、私が振り込んだ2万円は、俊也の手に渡り、一週間後、出張から無事に帰ってきた。

しかし、後日、意外な事実が判明した。
福岡に着いてすぐ、財布を落としたのではなく、パチンコに、有り金全部つぎ込んだのだと言う。良心の呵責にさいなまれた俊也から話を聞き、開いた口がふさがらなかった。私は、ギャンブルで失ったお金を穴埋めするために、もう少しで、数百キロ先までお金を届けるところだったのだ。
それは、まだ序の口。付き合いが長くなる間に、いろいろなことが持ち上がった。俊也は、他の女性と関係を持ったり、パチンコでの負けが重なって、借金をしたり。
とんだ運命の人である。私は、その頃すでに24歳になっていた。お金や女性問題で悩むような人は絶対イヤ、そう常々思っていたので、「それでもやっぱり俊也がいい」とは到底思えず、私は私で、他の男性に目移りする始末。

もはやそこまで。俊也は、運命の人でもなんでもなかったのだ。父と仲良く歌う姿に幻想を抱き、結婚を夢見てしまっていた。たかが、校歌ごときで、だ。何と浅はかなのだろう。
別れを決断し、二人で話していたところに、ちょうど父が帰ってきた。涙で話せない私に代わって、俊也が、別れの報告をした。俊也を気に入っていただけに、ものすごくショックだったらしい。あんなに狼狽する父の顔は、後にも先にも、見たことがない。
校歌のまやかしで費やしてしまった20代前半の貴重な時間。もし、あのとき、父と俊也が校歌を歌っていなければ、私の人生は、また違うものになっていたのだろうか。あれから十数年、いまだ、独身街道迷走中の人生だけれど…。イヤ、そもそも「運命の人」を口にするところから、間違っている。結婚は、「運命」でするのではなく、「愛情を育んで」することなのだから。

(2007/03/01)

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