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 私の恋愛物語入選作品一覧
私の恋愛物語 エッセイ2位逃した恋筆者 youkoさん

アパートの、わたしの部屋の前で、ミツルくんは、
「ちょっとトイレ貸してくれないかな」
と言った。
なんちゅうベタなせりふだろう。男が女の部屋にあがりこもうとするときの定番じゃないか。
あんまり定番すぎて、
「君の部屋でエッチしたいです」
といっているふうにも聞こえる。

――って、これはわたしの気のせい、ウヌボレ、希望的観測(?)ってものかしら。
ミツルくんは、わたしと同じ職場の、違う部署で働いている。社内ですれ違うことくらいあったが、とりたてて意識したことはない相手だ。

それが、この年末、社内全体の忘年会で。
バイキング形式の料理を皿に取っていたら、肘が横の人に当たりそうになった。
「あ、ごめんなさい」
と謝りつつ相手の顔を見上げ、胸がドキッとした。
わたしの好みのタイプ、ど真ん中ストレートの男がいるんだもの。
だいたい、わたしはメガネの似合う、ちょっと理知的な感じの人が好きだ。背は低すぎず高すぎず、顎のラインがしゅっとしていて、スーツが似合えばなおよろしい。
目の前の彼は、その好みにドンピシャリ。

(こんな人、うちの会社にいたっけ?)
なんでいままで見逃していたんだろ、とよくよく見れば、なんと、それがミツルくんだったんだから、驚いたのなんの。
だいたい、これまで、裸眼で作業服姿のミツルくんしか見たことがなかった。会社では、メガネが曇ると作業に差しさわりがでるから、コンタクトレンズなんだそう。作業服は白のだぼっとしたツナギだし、防護マスクなんかしてたりするし。それで汚れ仕事のあとの、汗みずくだったりするでしょう。
ところが、この日のミツルくんは、しゃれたメガネをかけて、落ち着いた色のセーターにブレザー姿。
ほら、よく少女マンガで、冴えない主人公がメガネをとったら実は美少女だった、なんてベタな設定があるけれど、まさに、あの状態。
メガネの私服姿を見て、一目ぼれしてしまったわたしは、さっそくミツルくんにアタックし、親しくなっていったのだった。

だから、デートの帰り、わたしをひとり暮らしのアパートまで送ってくれたミツルくんが、
「ちょっとトイレ貸して」
と言ったとき、その言葉の裏の下心を感じ取っても、嫌な気はしなかった。別に、そういうコトになっちゃってもいい。むしろウエルカムだ。ミツルくんともっと親しくなりたい、ナカヨクなりたいのは、わたしも同じだし。
だけど、
「えっと……」
どうしよう、と躊躇しているのは、ほかに原因があった。
部屋が汚いのである。
掃除なんて、さあ、いつ、したっけなあ。布団は万年床、洗濯物は室内に干しっぱなし。あちこちにゴミが散乱していて(捨てればいいんだけど、分別するのが面倒だし、収集日が細かく決められていてややこしいしで、いつまでたっても捨てられない)、とくに玄関先から台所周辺には、捨てようと思ってそのままになっているゴミ袋が、こんもり山になっている。
とてもじゃないけど、男の人をあげられる状態ではない。
しかし、近所にトイレを借りれそうなコンビニもなく、
「そのへんで立ちションしてよ」
とも言えず。
仕方がない。
「ちょっと待ってて」
わたしはドアのむこうにミツルくんを残し、部屋に入ると、ゴミの山を風呂場に移動し、玄関からトイレまでの道を作った。隠しきれないゴミはテーブルシートで覆い、脱ぎっぱなしの洗濯物は洗濯機につっこんで、――ああっ、もう、なんだってこんなにこの部屋はぐちゃぐちゃなの?
何年もかけて散らかしているものを、たかだが数分で、片付けきれるわけがないのだ。

ええい、もう、こうなったら。
「メガネ取って」
わたしはミツルくんにメガネを外させ、部屋に入れた。
照明もつけず、暗いままにして、トイレをすませてもらう。
それもこれも、なるべく、汚部屋を見られないようにという意図からだ。
しかし、いくらメガネを取ったからって、この惨状がわからないわけがない。
トイレから出てきたミツルくんは、無口になって、そのまま帰っていった。

以来、連絡はない。
わたしの方も、
(あの汚部屋を見られた……)
という引け目があるので、これまでのようにミツルくんに近づくのも気がひける。
(ああ、ちゃんと部屋の掃除さえしておけばっ)
そしたら、いまごろ、恋人同士になっていたかもしれないのに。
いまさら悔やんでも、まさに後の祭り。
汚部屋のせいで恋を逃がしただなんて、恥ずかしくって、人にも言えやしない。
こうして、わたしの二十代最後の恋は終わったのだった。

(2007/03/01)

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