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出張で2日間留守にした後、いつものように雅人の部屋に行くと、いるはずの彼がいない。携帯電話がまだない頃、連絡する術もなく、遅くまで待って私は一旦自宅に戻った。翌日は朝4時に起こす日と記憶していたので、モーニングコールをするが、応答がない。私の記憶違いだったのかもしれないと思い、仕事を終えて再び部屋を訪ねると、雅人はゴロンと横になっていた。何となく空気が違う。そこにいるのは雅人ではない全く別人のようだ。何の根拠もないのに直感的に変な思いがよぎったところへ電話が鳴った。
短い会話の後で電話を切った雅人が、「わかるやろ?」そうつぶやいた。私には何のことだか、さっぱりわからない。私の頭の中は混乱していた。凍り付くような沈黙が続き、やっと口を開いた雅人は、昨夜、部屋に戻らなかったと言う。それだけでなく、他の女性と共に過ごし、今の電話の相手は、その女性だと言うのだ。
信じられなかった。思いも寄らなかった。それまで、彼の気持ちの変化にも、何にも気付かなかったおめでたい私は、ただただ、ここまで尽くしてきたのに、という気持ちでいっぱいになった。呆然とした頭で思いを巡らした私は聞いた。
「じゃあ、この指輪は誰の物?」
その瞬間、泣き始めたのは私ではなく、当の雅人。彼は泣きながらも、その女性の元へ行くと、私に別れを告げたのだった。 |
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私が新郎新婦の控室で目にした物、それは、赤いボックスタイプのタバコ。雅人が吸っていた物と同じ銘柄のあのタバコ。新郎は、顔が酷似しているだけでなく、タバコまで同じだったのだ。裏切っていった雅人のことなど、引きずってはいないと思っていた。なのに、なぜタバコ一つであれほど動揺したのか。今まで、全て封印していたのだ。あれは2人を結びつけたタバコ。すっかり忘れていたつもりだったのに、心の奥底にはそれがしっかり刻みつけられていたのだろう。封印が解かれた心の中に、幸せな1年半を失ったあの時の悲しみが一気に押し寄せ、激しく動揺するしかなかった。
冷静に思い返して、やっとそのことに気付いた。雅人は私が全身全霊で尽くしたただ一人の人。でも、それは恋愛関係ではなく、母子関係のようなものだったのかもしれない。愛情を注げるだけ注いで身の回りの世話をする、それは恋愛ではなく、便利な反面、まだ若い雅人を縛り付ける、窮屈なものだったに違いない。
男と女は、つかず離れず程良い距離を保っていく方が、いい関係が築けるのだと思えるようになったのは、雅人と別れてずいぶん年月を経てからだ。適度な距離を保った男と女が、お互いの価値を認め、足りないところを補って共に高め合うような関係を築けた時、2人それぞれが輝き始めるのかもしれない。
雅人と別れて十数年が過ぎたというのに、悲しいかな、まだそのような相手に恵まれず、タバコごときで動揺しているような私。
いつか誰かが、タバコの思い出を払拭してくれるのだろうか。(Fin) |
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