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●2年後、また生理が2か月遅れた時は、病院に行く前からたぶんまた同じだろうと思っていたから、冷静でいられた。ただひとつだけ、2年前とは違うことがあった。
●それは、退院診察のときに、「もしかしたら子供はできないかもしれない」と言われたこと。当時の私は、できないならできなくてもいいじゃん、と思って、そのことの深刻さに思い至らなかった。
●それから1年後、私には、心から愛する人ができていた。そしてその彼は、私に「結婚しよう」と言ってくれた。そのとき初めて、私は自分の体を憎んだ。
●女に生まれてきたからには、愛する人の子供がほしい。
●今まで思いもしなかった感情がわいてきて、どうしよう、私は子供が産めないかもしれない、と悩んだ。彼は子供好きだった。
●勇気をだして、自分の体のことを彼に話す決心をした。結婚っていうのは、ふたりで一緒に人生を過ごすことなんだから、別れることになってもしかたがない、と自分に言い聞かせながら彼に告白すると、彼の口から思いがけない言葉が返ってきた。
●「別にいいよ。お前さえいれば俺は幸せだから」
●この私が、これほどまでに彼に愛されていたなんて! 嬉しかった。これまでの人生でいちばん幸せ!と、私は思った。
●でもそれから1年後、さらにハッピーなことが起きてしまった。私は妊娠したのだ。ただの胃腸風邪だと思って内科に行ったら、尿検査をさせられ、先生の口から、「おめでとう。風邪じゃないよ。君、妊娠しているんだよ」と言われた。
●ほんとうにびっくりした。私は家に帰ってすぐに彼に電話をした。電話の向こうの彼もびっくりしていたけれど、こう言った。
●「お前の家に、いつ挨拶に行けばいいかな?」
●私は、すでに彼のことを知っていた母に妊娠を告げ、母は父に告げた。父は一瞬肩を落としたそうだが、諦めていた私の妊娠に喜んで、快く彼を受け入れてくれた。
●私のお腹の中の赤ちゃんはとっても元気だった。超音波検査の画面に写る赤ちゃんは、正直まだ人間の姿をしてなかったけれど、なんだかとっても愛くるしかった。
●妊娠と結婚準備が同時進行、忙しさの中で結婚式を迎え、ハネムーンは妊娠のため、沖縄たったの5日間。 |
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沖縄から帰った直後、私は下腹にかすかな痛みを感じ、トイレに行ったら出血していた。
●「流産しかかっています。すぐ入院して絶対安静で点滴をしましょう」と言う先生の言葉に、幸福の絶頂から一気に地獄に落とされた私は、涙が止まらなかった。彼も母も父も、みんなが心待ちにしている赤ちゃんが死んじゃったらどうしよう?
精神的にもまいってしまった私を、夫になった彼が支えてくれた。
●「大丈夫。お前には俺がついているから」という言葉に励まされ、入院生活1か月。赤ちゃんは無事だった。
●だんだん大きくなっていく私のお腹は、卵巣腫瘍で病院へ行った時にお見た妊婦さん顔負けの大きさになっていた。息苦しくて寝るのも辛い。
●臨月に入ったある日の夕方、ちょっときつめにお腹の痛みが来て、時計を見ると10分おきに痛みがきているのがわかった。
●いよいよ赤ちゃんの生の顔が見られる。超音波検査の画面の顔じゃなくて本物が。私は仕事中の彼に連絡して、ふたりで産婦人科に行った。
●「多分、今日の夜中か、明日の朝には産まれますよ」と先生に言われた。だんだん痛みに強くなっていった。
●痛い! こんなのこの世の痛みじゃない! 信じられない! だれかこの痛みを取ってくれー!
●どれだけ時間が過ぎたのだろう。私は脂汗を流して痛みと戦い、やっとやっとやっと分娩台に転がるように上がって、大股をあけていきんだ。
●出てこない。いきんでもいきんでも出てこない。ついに助産婦さんが。私のお腹の上に乗って力いっぱい押した。
●出た。やっと出てきた。真っ赤なブヨブヨのエイリアンのような、お世辞にもかわいいとは言えない顔をした赤ちゃんが!
●でも、なぜか、みんな喜んでくれた。こんなエイリアンなのに……。
●やっと生まれてきたこのエイリアンは、とにかくよく飲み、よく寝て、よく出した。毎日育児育児の連続で疲れ切っていた私は、やっとエイリアンから見られるような、まともな顔に成長してきた赤ちゃんを見て、ふっと思った。 |
●私の結婚って、なんだかジェットコースターに乗ったみたいだったな。
●いろいろなことが起きてすごく忙しかったけれど、私、今、幸せなんだな〜。
●赤ちゃんを産むこともできた。
●それに、何よりも、いつだって私の味方をしてくれるだんなさまが隣にいてくれる。
●これがいちばんの幸せ。
●これ以上に欲しいものなんか、なにもない。Fin |
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