●小学4年生の4月、私は鹿児島から神戸に転校してきた。
●「こんな都会があるなんて」
●鹿児島の山奥しか知らない私はドキドキした。みんなが何をしゃべっているのか、さっぱり理解できなかった。帰宅すると母に、「ねぇ、ごっついってどういう意味?」とか「めっちゃって何て意味?」と、訳してもらっていた。
●鹿児島に比べて神戸の言葉はきつく感じる。鹿児島訛りで話して、「なまり〜、なまり〜」と男の子からいじめられた私に、「伊藤さんって鹿児島から来たの?」と、唯一優しく話しかけてくれたのが、隣の席の麻生君。
●彼はサッカー部で運動神経が抜群で、顔も男前。今で言うなら、ちょうどベッカムみたいな感じだった。いつも彼の周りには女の子が群がっていて、私が近寄る隙間はなかった。遠くから見るだけで精一杯だった。
●前の席の沙織ちゃんと仲良しになった。彼女は活発で、いつも志村けんのマネをしてサルみたいだったけど、私は大好きだった。私と話をしながら、麻生君の席をチラチラ見る彼女に、「ねえ、沙織ちゃんって麻生君が好きなの?」と聞くと恥ずかしそうに頷いた。
●転校してきてできた初めての友達、沙織ちゃん。彼女を失いたくなかった。私の気持ちは心の中にしまっておこうと誓った。
●沙織ちゃんと私は、放課後に麻生君の話をし、交換日記も彼の行動で埋め尽くした。私は、そうすることで麻生君を感じる事ができた。十分幸せだったのだ。沙織ちゃんには、絶対に自分の気持ちを悟られたくなかったから、冗談で、「沙織ちゃん、私と席変わろっか?」と言ってみたり、ノートに二人の相合い傘を書いてあげたりした。
●ある放課後、沙織ちゃんは、「絆創膏の下に緑色のペンで好きな人の名前を書くと結婚できるんだよ」と言いながら、お腹を自慢げに見せた。ちいさな絆創膏。その瞬間、何とも言えない感情が私の中に走った。
●急いで家に帰った私は、救急箱から絆創膏を取り出し、机の中から緑のペンを探し出して、沙織ちゃんと同じようにお腹に絆創膏を貼った。絶対に誰にも見せないと心に決め、おまじないをかけるように、ノート一面に麻生君の名前を何十回、いや何百回も書いた。 |