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●「なんで拓也は、いつも勝手に物事を決めてしまうわけ?」
●携帯の向こう側では、まだ話している途中だったけど、私はブチッと切った。
●夏の夜は7時を過ぎても明るい。
●「もう、遅刻しちゃうじゃない」
●あわててドレッサーに座り、温めてあったアイロンカールで髪を巻こうと、グイッと引っ張った拍子に、他のコードに絡まってコンセントが抜けた。
●「はあ……、お店、休んじゃおうかな」
●私は、勤めていた建築会社が潰れた3年前、六本木のクラブで水商売の世界に入った。自分的には、次の仕事までの繋ぎと思っていたけれど、ギャラの高さや普通じゃ知り合えない人たちとの会話、チヤホヤされる待遇を味わったら、昼間のOLには戻れなくなってしまった。
●ソファーにドカッと座りこんで、クラブの店長に連絡した。
●「え〜っ、唯ちゃん、さっき吉岡さんからあなたに指名入って、約束しちゃった。唯ちゃん、お願いだから出勤して! ねっねっ?」
●店長の懇願に気を取り直して再度髪を巻き、化粧をして、タクシーに乗り込んだ。 |
●「おはようございま〜す! お待たせしました〜」
●夜の8時を過ぎても、出勤の挨拶は変わらない。一番の特等席で吉岡さんは待っていた。彼は商社勤務のエリート社員。接待がきっかけでウチの店に来るようになった。
●店の女の子を誰も口説かないから、とってもラクで、誰からも人気があった。しょうもない会話を続けていたら、あっという間に閉店の時間になった。
●「唯ちゃん、アフターに付き合ってくれるかな?」
●「え? 吉岡さんが、誘ってくれるの?」
●ふと1年前、初めて拓也が店に来た時、唐突に誘ってきたことを思い出す。なんでこんな時に拓也のことを思い出しちゃうの! 思い出したら腹が立つ。
●でも、おかげであいつと行った熱帯魚がいっぱいいるバーを思いついた。
●「吉岡さん、ちょっと面白いバーがあるんですけど、行ってみませんか?」 |
●真っ青な水槽が暗い店内に反射する光で、まるで海の底にいるみたいな店。
●「いずれ沖縄に工房を開きたいんだ。東京だと、ここの水槽の魚みたいだろ?」
●作務衣にバンダナ姿で店に来た拓也は、初めての客にしては尊大な態度で、変なヤツだった。ただ、スーツ族には無い魅力を感じたのは確か。だからだろうか、誘われるままに抱かれた。初対面の客に付いて行ったのは初めてだった。そしてオトコとオンナの付き合いが始まった。 |
●「ねえ、吉岡さんが女の子誘うなんて珍しいね」
●バックからタバコを取り出し、火を付けた。
●「ははは、実は、唯ちゃんにお礼が言いたくてさ」
●嬉しそうに微笑みながら、ジントニックを口に運ぶ。
●「3か月前に仕事が上手くいかなかったとき、唯ちゃんがなんて言ってくれたか、覚えている?」
●覚えているわけない。
●「人間、自分の好きな事しなくっちゃね〜って、言ってくれたんだ。その言葉がきっかけで、今日で会社、最後だったんだよ」
●吹っ切れた清々しい顔だった。
●「え〜っ? だって結婚してなかったっけ? 子供も?」
●タバコの火で火傷しそうになった。
●「僕って子供の頃から真面目でね、ふと、自分って何のために生きているんだって思った」
●吉岡さんはどんどん笑顔になる。今まで見たことない、気持ちのいい笑顔だ。
●「いつも心が満たされてない、なんてつまんない世界にいるんだって思って。でね、明日の夜の便で、ず〜っとしたかったこと、インドに放浪しようと思って…」
●「ええっ! 奥さんや子供は?」
●こっちの酔いは、すっかり冷めていた。
●「ははは、相談した翌日には実家に帰って離婚届が送られてきたよ。結局、彼女は僕と結婚したかったワケじゃないんだよね。たぶん会社かな」 |
●出勤前の拓也の電話は、「来月から沖縄に行く」という報告だった。彼は住む場所も工房も、勝手に決めていた。だから「私はどうするの?」と尋ねると、「お前の好きにすればいい」。それで腹が立って電話を切ったのだ。
●深夜2時を過ぎた六本木の交差点。人と車が混じり合った猥雑としている路上で携帯を取り出した。
●「ねえ、沖縄の家には、私の部屋はあるの?」
●「ば〜か、まずはごめんなさいだろ!」
●携帯の向こう側の声は、嬉しそうだった。あるに決まってるじゃん。 |
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