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vol.3 2004.05.13
青い水槽――25歳・唯の場合
Novelization/笹倉 紫 Illustration/福田さかえ
FAnetオンラインノベルは、読者から送られた体験談をもとに書き起こした小説です。
あなたの投稿をお待ちしております。詳細はこちら
勤めていた会社が潰れて入った水商売の世界は、ギャラの高さや普通では知り合えない男性との出会いが魅力的だった。個性的な拓也にエリートサラリーマンの吉岡さん…男たちの生き方も見えてきた。
「なんで拓也は、いつも勝手に物事を決めてしまうわけ?」
携帯の向こう側では、まだ話している途中だったけど、私はブチッと切った。
夏の夜は7時を過ぎても明るい。
「もう、遅刻しちゃうじゃない」
あわててドレッサーに座り、温めてあったアイロンカールで髪を巻こうと、グイッと引っ張った拍子に、他のコードに絡まってコンセントが抜けた。
「はあ……、お店、休んじゃおうかな」
私は、勤めていた建築会社が潰れた3年前、六本木のクラブで水商売の世界に入った。自分的には、次の仕事までの繋ぎと思っていたけれど、ギャラの高さや普通じゃ知り合えない人たちとの会話、チヤホヤされる待遇を味わったら、昼間のOLには戻れなくなってしまった。
ソファーにドカッと座りこんで、クラブの店長に連絡した。
「え〜っ、唯ちゃん、さっき吉岡さんからあなたに指名入って、約束しちゃった。唯ちゃん、お願いだから出勤して! ねっねっ?」
店長の懇願に気を取り直して再度髪を巻き、化粧をして、タクシーに乗り込んだ。
「おはようございま〜す! お待たせしました〜」
夜の8時を過ぎても、出勤の挨拶は変わらない。一番の特等席で吉岡さんは待っていた。彼は商社勤務のエリート社員。接待がきっかけでウチの店に来るようになった。
店の女の子を誰も口説かないから、とってもラクで、誰からも人気があった。しょうもない会話を続けていたら、あっという間に閉店の時間になった。
「唯ちゃん、アフターに付き合ってくれるかな?」
「え? 吉岡さんが、誘ってくれるの?」
ふと1年前、初めて拓也が店に来た時、唐突に誘ってきたことを思い出す。なんでこんな時に拓也のことを思い出しちゃうの! 思い出したら腹が立つ。
でも、おかげであいつと行った熱帯魚がいっぱいいるバーを思いついた。
「吉岡さん、ちょっと面白いバーがあるんですけど、行ってみませんか?」
真っ青な水槽が暗い店内に反射する光で、まるで海の底にいるみたいな店。
「いずれ沖縄に工房を開きたいんだ。東京だと、ここの水槽の魚みたいだろ?」
作務衣にバンダナ姿で店に来た拓也は、初めての客にしては尊大な態度で、変なヤツだった。ただ、スーツ族には無い魅力を感じたのは確か。だからだろうか、誘われるままに抱かれた。初対面の客に付いて行ったのは初めてだった。そしてオトコとオンナの付き合いが始まった。
「ねえ、吉岡さんが女の子誘うなんて珍しいね」
バックからタバコを取り出し、火を付けた。
「ははは、実は、唯ちゃんにお礼が言いたくてさ」
嬉しそうに微笑みながら、ジントニックを口に運ぶ。
「3か月前に仕事が上手くいかなかったとき、唯ちゃんがなんて言ってくれたか、覚えている?」
覚えているわけない。
「人間、自分の好きな事しなくっちゃね〜って、言ってくれたんだ。その言葉がきっかけで、今日で会社、最後だったんだよ」
吹っ切れた清々しい顔だった。
「え〜っ? だって結婚してなかったっけ? 子供も?」
タバコの火で火傷しそうになった。
「僕って子供の頃から真面目でね、ふと、自分って何のために生きているんだって思った」
吉岡さんはどんどん笑顔になる。今まで見たことない、気持ちのいい笑顔だ。
「いつも心が満たされてない、なんてつまんない世界にいるんだって思って。でね、明日の夜の便で、ず〜っとしたかったこと、インドに放浪しようと思って…」
「ええっ! 奥さんや子供は?」
こっちの酔いは、すっかり冷めていた。
「ははは、相談した翌日には実家に帰って離婚届が送られてきたよ。結局、彼女は僕と結婚したかったワケじゃないんだよね。たぶん会社かな」
出勤前の拓也の電話は、「来月から沖縄に行く」という報告だった。彼は住む場所も工房も、勝手に決めていた。だから「私はどうするの?」と尋ねると、「お前の好きにすればいい」。それで腹が立って電話を切ったのだ。
深夜2時を過ぎた六本木の交差点。人と車が混じり合った猥雑としている路上で携帯を取り出した。
「ねえ、沖縄の家には、私の部屋はあるの?」
「ば〜か、まずはごめんなさいだろ!」
携帯の向こう側の声は、嬉しそうだった。あるに決まってるじゃん。
Fin
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