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vol.4 2004.05.20
男の質――26歳・明美の場合
Novelization/笹倉 紫 Illustration/福田さかえ
FAnetオンラインノベルは、読者から送られた体験談をもとに書き起こした小説です。
あなたの投稿をお待ちしております。詳細はこちら
退職金を注ぎ込んで、今までの自分に別れを告げた。「モデルになんない?」という男の言葉に、喜びがわき上がってきて、「男の質も上げなくちゃ!」と思った。高級な男が集まるお見合いパーティに登録した。業界人の彼とおしゃれな店でデートをするようになった。そして……。
「本日はこんな感じの仕上がりですけど、いかがですか?」
表参道の交差点からほど近いメイクサロンは、週末の夕方、キレイに着飾った女の子達が集まってくる。私もそのひとり。
「今日も男受けバッチリメイクね! ありがと。来週もヨロシク!」
従業員は、私の体にテルテル坊主のように巻かれたクロスを外しながら、
「山田さんは顔立ちがキレイだから、どんなメイクも映えますよ」とセールストークする。
この顔がたとえ作りモノでも、気分がいい。自分の目が輝くのがわかった。
5か月前、3年勤めた家電メーカーを辞め、退職金を注ぎ込んで、今までの自分に別れを告げた。美容外科で新しい顔を手に入れたのだ。
奥二重の目は、プチ整形じゃなく、メスを入れて、大きな二重に。ぺったんこな鼻筋にはプロテーゼを入れ、鼻先をキュッと尖らせた。さらに額と目尻と口元には、リスクも少なく値段も安い、ボトックスと呼ばれるシワ取り注射を注入した。まだシワが目立つ年じゃないから、これで十分だ。
手術後の数日間は顔が腫れていて、「本当にキレイになるの?」と不安にかられたが、2週間もたてば腫れはひく。
買い物に行った渋谷で、「モデルになんない?」とか、「何処の店に勤めてるの?」と、ちゃらちゃらした男達が声をかけてきた。初めのうちは引っ込み思案でヒガミブスの性格が邪魔をして、彼らの顔を見ることさえできなかった。でも、ふと、ショウウインドウに向かうと、そこに映っているのは、見違える自分。
ふつふつと喜びがわき上がってきて、次第に露出度の高いミニスカートやワンピースで、街を闊歩するようになった。
自信がつくと、男の質も上げたくなる。
銀座にある高級お見合いパーティーに登録する事にした。
事務所は、裏通りの雑居ビルにあった。「ココが高級?」と、首をかしげるようなやぼったい事務所だったが、ファイルを見ると、男側は、医者、弁護士、青年実業家など、高学歴で高収入のヤングエグゼクティブが登録している。
この手のお見合いパーティの場合、ふつう女性は安い料金で参加できる。でも、ココは通常の10倍を払う。それでも、いつも満員御礼で獲得率も高いという評判が、ある種の女たちの間に定着していた。実際、私が登録ファイルを記入している最中、女性からと思われる問い合わせの電話がひっきりなしかかってきた。
「お・ま・た・せ」
シングルの細身のスーツが似合う彼は、遠目から見てもかなり目立ついい男だ。残暑厳しいころのお見合いパーティーで知り合った。
「私も今来たところだから」
彼は、新橋にある広告代理店勤務。携帯電話がしょっちゅうかかってくる多忙な業界人。その合間を縫って週に一度はデートする間柄になった。私を連れて行くお店やプレゼントには万事ソツがなく、言葉の端々に広告業界というまぶしい世界が見えて、私はドキドキしていた。
この日は、骨董通りを一本脇に入ったイタリアンレストランに連れて行かれた。お洒落な業界人がワイングラスを片手にお喋りする姿が、さまになるお店。自分がいい女になった気分を味わえる店でもある。
香りの良い白ワインを味わいながら、彼はうつむき加減に微笑みながら、低い声で言った。
「君とは確かにああゆう場所で知り合ったけど、僕はまだ結婚は考えてないんだ」
何の話をしていたか、一瞬のうちに忘れてしまった。え、なんで? そんな答えが返ってくるような話題じゃなかったでしょ。そんなこと、私、聞いてない…。
最先端のレストランという舞台装置がすぅーっと消えていき、近くのテーブルに座った着飾った女たちの嬌声も、イタリアブランドの服が似合う都会的なカップルの笑い声も遠ざかっていった。
2年前に付き合っていた光一が、男友達に話していたこと。
「明美って性格は良いんだけど、連れて歩くにはさ……、顔がちょっとね」
そんなことを言った男と、私は1年間も付き合ったのだ。知らないふりをして。引っ込み思案でヒガミブスの明美は。じゃ、今の明美はどうだっていうの?
その日のデートがどうなったかは忘れた。帰宅した私は、すぐに手鏡を持ち出して、つぶさに自分の顔を観察した。
「あのヤブ医者、全然キレイになんて、なってないじゃん!」
目頭に切り込みを入れてもっと目を大きくして、顎には前に突き出すプロテーゼを入れて……。最初にカウンセリングを受けた美容外科で言われたことを思い出した。そうか、まだ足りないんだ。まだ完全にキレイになってない!
部屋の隅に山積みにしていた女性雑誌を取り出し、巻末の美容整形の広告をはさみでざくざくと切り出した。インターネットにもアクセスして、その病院のデータを確認した。
「明日、やっぱり、最初に行った病院に行こう」
もっともっとキレイになるために、早く手術しなくては。そうしないと誰も私を愛してくれないから。
Fin
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