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vol.6 2004.06.03
ガサ入れ――25歳・陽子の場合
Novelization/笹倉 紫  Illustration/福田さかえ
FAnetオンラインノベルは、読者から送られた体験談をもとに書き起こした小説です。
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「彼氏の携帯チェックって欠かせないよね」という同僚の言葉に驚かされて、初めてのガサ入れ。寝室、キッチン、リビング…何もない。家中探し回って、最後に携帯電話。寝入った彼に背を向けて、着信履歴、リダイヤル、受信メール…、いったいこれは何!!
残暑厳しい9月の夕方。
玄関を開けると、部屋に溜まった空気がモワッと襲ってきた。ドタドタと部屋に入り、ベイブリッジが見えるサッシから新鮮な空気を入れて、「フーッ」と深呼吸をした。
「さ〜て」
ここは、外資系金融会社に勤める慎吾の部屋。ぐるりと部屋を見回してから、黒いカットソーの袖を肘までまくり、まずは洗面台。ガサ入れの開始だ。
私がソニープラザで買ってきたお揃いの歯ブラシ、私の化粧品道具、生理用品。何も無い……。次は寝室。ベッドには一緒に行った箱根のテディベア博物館のぬいぐるみ、クローゼットには私のジーパンとブラウス類、パジャマ、下着。何も無い……。キッチンの棚、収納庫、そしてリビングのチェスト、ソファーの下、トイレ、下駄箱……。
ありとあらゆる場所を嗅ぎ回ったが、何も見つからない。
事の発端は先週の金曜日の夜、会社の先輩と同僚3人と、西麻布の中華料理店で食事をしていたとき。
「やっぱさ、彼氏の携帯チェックって欠かせないよね」
紹興酒を飲みながら、ひとつ上の先輩が言うと、
「そうですよね〜、私なんか財布の中身も毎日見てますよ!」
海老チリを頬張りながら、半同棲して1年になる同い年の良美が答える。
「ええっ! 皆そんな事してるの?」
驚いて、箸を持ったまま、聞き出す私に、
「それくらい常識! あと、アドバイスをすれば、名刺入れと鞄も忘れずにって感じね」
3つ上の先輩は、ビールを品よく喉に流し込みながら言い放った。彼女は5年以上続いている不倫相手も、つきあって半年の独身男も、平等にチェックしているとのたまう。
縁故入社がほとんどのゼネコンの秘書室の会話は、いかにオトコを手中に収めるかに終始する。まるで大奥で指導を受けているようで、ある意味、花嫁修業に近い。それにしても、この日の会話は、新入りの私には新鮮だった。
「ガサ入れしたことないなんて、陽子は自分に自信があるのね」
世間知らずをバカにしてか、それとも皮肉なのか、良美は帰りがけにこんな言葉を私に向けた。
私は、週末を慎吾の部屋で過ごし、日曜の夜に自宅に帰るという生活を、1年近く続けている。
私がガサ入れを終えてから、ほどなく帰ってきた慎吾は、接待の酒で酔っぱらってソファーで熟睡。TVから誰も見ていない経済ニュースが流れている。テーブルに置きっぱなしの慎吾の携帯をそ〜っと取って、寝室に移動し、慎吾のいるほうに背を向けて携帯を開く。子供のころのかくれんぼのようにドキドキした。
着信履歴もリダイヤルも、怪しい人物の名はない。だいいち女性の名前そのものがごく少ない。むなしい気分になってきて、これで最後と、受信メールを見てみると、
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2003/06/30
題:先日はありがとう
美佐子です。
先日は色々とお話を聞いて頂いてスッキリしました。
あんなに悩んでいたのが嘘みたい。
本当にありがとう、ラクになりました。
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な、なに、コレ? 瞬間、頭にカーッと血が上った。
「起きて、慎吾、ねえ、起きて」
あとさきも考えず、慎吾を叩き起した。
「来てたのか、ごめんごめん、寝てたよ」
慎吾は目をこすりながら起きだし、テーブルに置いためがねを両手でかけて、きょとんとした顔をした。
「何、言っているの。私のほうが先に来てたのよ。でも、ねえ、それより、コレ、どういうこと?」
受信メールを出したまま、携帯の小さな画面を見せると、慎吾の顔が一変した。
「ちょっと待てよ、何を見てるんだ。やっていいことと悪いことがあるって、知らないのか!」
激怒した慎吾と、完全に取り乱した私との言い合いは、いつになく長く続いた。最後は、これ以上ののしる言葉も見いだせなくなってふたりとも無言になり、慎吾はソファーで、私はベッドで眠りについた。
そんな中でもわかったのは、メールを送ってきた美佐子が慎吾の職場の先輩であること、その美佐子の様子が最近おかしいと思ったので、声をかけて悩みを聞いてあげたのだということだった。「なんのやましいところもない」と慎吾は断言した。
翌日曜日、慎吾は、昼ごろまで寝ていて、起きたと思ったらすぐに黙って出かけていった。声をかけることさえできなかった。何も食べずにじっとソファーに座っていた。慎吾を激怒させた自分に嫌気がさす。
誰かに懺悔したい気持で、小学校から短大まで一緒に過ごしたすみれに電話をした。一部始終を話す間、じっと聞いてくれたすみれは、開口一番、
「結婚するまでの間が、一番楽しいのよね〜」
と言った。ため息まじりなのが電話を通してもわかった。
「でもさ、慎吾さん、前に勤めていた銀行をリストラされてから、今の会社の先輩にずいぶんお世話になったって言ってなかったっけ?」
と、すみれ。そういえば、と、私も思い出した。1年前、連日いろんな会社で面接を受けながら不採用続きだった慎吾が、確か今の会社の面接の前の日、こんなことを言っていたのだ。
「明日の面接の会社には、いい紹介者がいるから、きっと大丈夫だと思う。これ以上陽子にも心配かけたくないから、俺、かけずり回ったんだよ。そうしたらいい人と知り合って…」
そうだ、美佐子さんって、そのとき世話になった人なんだ。そうだ、そうに違いない――そう言うと、すみれは、ふふふと笑って、
「ホント、陽子って苦労しらずのお嬢様ね、今、思い出したの? しょうがない人ね」
と言う。確かに、私はいつも目の前のことばかりにとらわれてしまう。
「ねえ、同僚の子にも言われたんだけど、私ってそんなに世間知らず?」
「そうね、もう少し慎吾さんのことも、世の中のことも、しっかり見たほうがいいわね」
「結婚して3年のすみれに、こんなふうに諭されるなんて、ちょっと意外」
「あら、そう? 結婚して子供ができて、主人の親や親戚とつきあわないといけなくて、私、少し大人になったかもしれないわね」
少しどころか、すみれの声には大きな病院の副院長夫人の貫禄がにじみ出ている。
「陽子、仕事をやめて結婚しても、社会は回りにあるの。だから専業主婦になっても、精神的に自立することは必要よ。そうでしょ? じゃあね、慎吾さんによろしく」
19年間一緒に過ごしたすみれは、この3年でずっと先を行っていた。いっぱしの大人のオンナになっていた。
私もはしゃいでばかりじゃいけない、頼ってるばかりじゃいけない。ちゃんと自分の言葉で慎吾に謝らなければ。残暑が厳しくても9月の空は高く、頬を差す風も涼しい。頭を冷やすにはちょうどいい夕暮れだった。
Fin
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