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vol.13 2004.07.22
非日常と日常――27歳・恵美の場合
Novelization/笹倉 紫  Illustration/福田さかえ
FAnetオンラインノベルは、読者から送られた体験談をもとに書き起こした小説です。
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片手にカフェラテが入った紙袋を持ち、もう片方の手を俊介の腕にまわす。このスタイルで渋谷の坂をあがるとき、私はいつも心地よい開放感に包まれる。
社内恋愛の彼氏がいるというのに、俊介にひかれる私…。
夕暮れどきの渋谷、駅前の巨大ビルの地下、待ち合わせ場所のCD屋に着いた。ミニ鏡を見てメイクを点検。うん、OK、バッチリ。店内に入ったら、すぐに俊介が振り向いた。
「やあ〜、今日は新しいボサノバのCDを手に入れたぜ〜」
「そう、よかったね」
子供のように笑う俊介のガッチリとした腕に絡みつきながら、私は媚びた笑顔を作って、「じゃ、ラブホで聞いちゃう?」と誘った。
ビル1Fのコーヒーチェーンのカフェラテを買ってからいくのが、いつものコースだ。片手にカフェラテが入った紙袋を持ち、もう片方の手を彼の腕にまわす。このスタイルで渋谷の坂をあがるとき、私はいつも心地よい開放感に包まれる。
「恵美ちゃん、またまた、積極的ですね。彼氏の前でもそうなんですか?」
とおどけて言う俊介。
「ふふふ、企業ひ・み・つ」と私。
彼の言葉には、少しの嫉妬がにじみ出る。それもまた心地いい。いいと思う相手には誘われるままに抱かれてきたが、たいていが1、2度で飽きた。それが俊介だけは違った。もう20回は超えている。
――なぜなんだろう? なぜ俊介だけ?
ラブホテルの入り口に着いたとき、そんな思いがよぎって一瞬笑顔が消えた。それをすかさず見逃さなかった俊介。
「なんだかいつもと違うね。なんかあったの?」
「ううん、なんでもない、入ろう!」
私はもう一度大きな笑顔を作って、彼の腕をひっぱった。
夜の渋谷ではアイメイクばっちりの生意気な化粧をする私だが、昼間は品行方正の薄化粧。毎日、実家の武蔵小金井から満員電車を乗り継いで、品川にある家電メーカーの総務部に出勤する。大学を卒業して4年、ずっと同じスケジュール。同僚の愚痴と噂話とコピーとお茶汲みの繰り返し。
それでも2年前からは、社内恋愛をしている。彼氏は社内の誰からも悪く言われない人格者。不満はないが楽しいとはいえない男。2年もたてば、“人生こんなもんか”って感じになってくる。
1年前、その彼が仕事でデートをドタキャンしたときから、私の渋谷化粧が始まった。気が抜けた私が、渋谷の街を一人フラフラ歩いていたら、キャバクラのスカウトが声をかけてきた。ヒマだし、面白そう…と話を聞いているうちに、働くことになっていた。
「じゃね、明日から、頼んだよ。よろしくね。待ってるから」とスカウトが立ち去ったあとで、言いくるめられたことに気づいたが、後悔先にたたず。気まじめな性格が災いして、翌日の約束をすっぽかすことなど思いもよらなかったのだ。
それ以来、週3回のキャバクラバイトを1日もさぼることなく続けてきた私。といっても、とまどったのは最初の1日だけ。ふっと、これまで押し殺していたもうひとりの自分を出せばいいと気づいたときから、キャバクラは昼間のストレス解消になっていった。
総務部のOLが日常なら、キャバクラは非日常。
男たちは昼間の体面ガチガチの仮面をはずして下心丸出し。社内で横柄なタイプほど、女の子に甘えてくる。どんな男にも裏表があって、品のいい紳士が金に汚かったり、貧相な男が豪遊したりする。男は、表だけ見ていたのでは何もわからない。子供じみた男性観しか持っていなかった私には、それを知るだけでも勉強になった。結果、社内恋愛の彼が、男としては相当高品質だということもわかった。
下心を丸出しにした男の前で、私は女を丸出しにする。
気に入った男とは個人的に食事したり、セックスを楽しんだりした。それまで性的なことに臆病だった自分が信じられないくらい自然に、あらゆる男とのセックスを楽しむことができた。ただ、俊介以外は長続きはしなかった。
俊介は、自称作曲家だが、本当のところは定かでない。よく突拍子もない行動で、私を驚かした。
私が何気なく「ラーメン食べたいな〜」と言うと、「じゃ、今から札幌行くぜ」と、あっけにとられた私を連れて、札幌行きの最終便に乗った。深夜ラーメンを食べて、始発で帰京。
「海が見たい」と言ったときも、そのまま羽田に直行。那覇ー宮古島と飛んだ。すぐに帰れる便がなくて、私は宮古島から会社に「風邪で休みます」と電話を入れた。
遊ぶときも入念な計画をたてる社内恋愛の彼とは、あまりにも違う。だからこそ心地いい。だからこそ俊介に惹かれる。
キャバクラから始まった私の非日常は、俊介に行き着いたわけだ。
俊介にも恋人がいたから、ある意味、未婚同士の不倫。面倒な部分は日常に任せて、非日常は無責任に楽しめばいいんだと、私は思っていた。おそらくは俊介も。
しかし、責任を伴う日常のほうが先に動いた。
社内恋愛の彼から正式なプロポーズを受けたのだ。双方の両親が会った。彼の育ちの良さがなるほどと納得できる品のいいお母さんとお父さん。半年後に式を挙げたいという彼の意向に、反対するものはなかった。
彼は給料3か月分のダイヤの婚約指輪をくれ、私はキャバクラを辞めた。
週末の道玄坂のラブホテル群は、ディズニーランドのようなもの。カップルは、どのアトラクションにしようか?とベッドを探す。俊介と私も、たわいのない意見を出し合いながら、シンデレラの部屋を選んだ。
俊介が買ったボサノバを聞きながら、お互いの欲望をぶつけあった。なんの恥じらいも演技もないセックス。子供のように純真なセックス。
冷めきったカフェラテを紙袋から取り出して俊介に渡し、左薬指の婚約指輪を見せた。
「うん、気づいてたよ。してる最中もドキドキしちゃった。とうとう人妻になっちゃうんだな」
俊介は、意外なほど寂しい顔をした。
「なんで? 今まで通り、つきあいは変わんないでしょ?」
私は少し焦って答えた。俊介は答えないで私の顔をじっと見る。
「俊介、どうしたの?」
ドキドキと、不安が襲ってきた。そう、結婚でキャバクラは辞めても、俊介を辞める気はなかったのだ、私には。
「お前さ、オレや自分の気持ち、分かっているだろ?」
その言葉で、あっという間に目が涙で溢れた。
「これ以上、続けちゃダメだよ、オレたち」
俊介は胸に私の頭を沈めて、優しく撫でた。私は俊介の腕の中で泣きじゃくった。ボサノバのギターの音色が甘くせつなく響く、シンデレラの部屋で。
それから半年後、私は予定どおり結婚した。新居に移った日、俊介から携帯メールが来た。
[結婚おめでとう!今から南米にボサノバを聞きに行ってくる! 幸せになれよ!]
すぐに返信したが、彼の元には届かなかった。CDラックから、あの日俊介が買ったボサノバのCDを取り出して、私は泣いた。私に、俊介という非日常は、もう二度と訪れないのだ。
Fin
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