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●半年前のこと、お昼の休憩時に同僚たちがコスメ話に華を咲かせていた。
●「ねね、クレドポーって買ったことある?」
●「ない、でも、欲しい!」
●「私も! クレドポーのボトルでドレッサーを飾ってみたい!」
●私はあまり興味がなかったので黙って聞いていたのだが、突然、ひとりが、私の顔をまじまじと見て、言った。
●「朝倉さん、顔立ちも良くて肌も綺麗なんだから、もっとお化粧したらいいのに〜」
●すると、他の同僚も私の顔をのぞくようにみて、
●「あら、ホント、朝倉さんて肌キレイ、うらやましいわぁ」
●と言う。自分の肌がキレイなんて思いもしなかったので驚いたが、そう言われれば、肌がカサついたり、ニキビやシミができて困ったことはない。化粧に関心がないのもトラブルにあったことがないからかもしれない。
●――私って、人より肌がキレイなんだ…、顔立ちもいいって言ってた…。
●人にほめられたのは何年ぶりだろう。なんの取り柄もなく、人づきあいも下手な私は、学生時代も就職してからも、できるだけ目立たないように生きてきた。保守的な親に育てられたせいか、控えめにしていることがいちばんいいと思い込んできた。
●同僚のほめ言葉は、そんな私を浮き立たせた。仕事帰りに、これまで近寄りがたいと思っていたデパートの化粧品売り場に行ってみることにした。
●渋谷の東急本店1階。完璧に化粧をした美容部員や香水のにおいに気後れしながら、みんなが噂していたクレドポーのカウンターにたどり着いた。
●「何か気になるものがございましたか? よかったら試してみませんか?」
●早速、美容部員が声をかけてきた。高級コスメだけあって物腰がやわらかく上品。小声で一言、「化粧水…」と言ってみたら、いつのまにか肌成分チェックから、基礎化粧、メイクまで施してくれた。全部買わされるのかと心配だったが、鏡を見たとき、そんな心配は吹き飛んでしまった。
●――これが、本当に私? ウソでしょ?
●正直、自分を美しいと思った。テレビに出てくる女優やタレントに負けないくらい魅力的!とさえ思ってしまった。
●「まだまだお若いですが、ケアは早めにおはじめになったほうがよろしいですよ」
●美容部員は控えめにいくつかの商品をすすめてくれた。私はいわれるままに基礎化粧品を買い求めた。
●渋谷駅に向かう途中、ショーウィンドウに映る自分を見て、モデルのようだと思った。さっきまでの地味な自分がウソのように、目を輝かせて胸を張っている自分がいた。 |
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●「あの〜、すいません…」
●後ろから声をかけられた。いつもなら無視するところが、この日の私は振り返った。スーツ姿のサラリーマン風の男性。同じ年ぐらいに見えた。
●「東急本店から出て来たところで見かけて、気になってついてきちゃったんですよ」
●川崎と名乗る男は照れくさそうに私を食事に誘った。ナンパかと思ったが、いやな気はしなかった。むしろコスメの魔法にかかった自分が、男にどんなふうに見られているか、興味があったのだと思う。
●すぐそばの個室風の居酒屋へ入った。私は、里子と名乗ったが、お互いのことはそれ以上何も言わない。たわいもない会話が続いたが、それだけに心は軽く、心地よい開放感に包まれた。慣れないお酒で、私はすぐに酔ったのだと思う。気が付くと、円山町のラブホテルの一室にいた。
●川崎は私を抱き寄せ、濃厚なキスをした。私は自分の身体の真ん中がジトッと熱くなってくるのを感じた。ベッドに押し倒され、裸にされた。彼は、緊張して身を固くしている私を無視して、真ん中の柔らかい部分を優しく撫でる。思わず自分じゃない声が部屋に響く。折り畳まれた体の中心を刺すように彼が中に入って来る。私は適度な興奮と気持ちよさで、何度も何度もいってしまった。
●セックスは朝方まで続いた。セックスがこんなに気持ち良いものだとは知らなかった。自分がこんなに性欲が強いということも、初めて知った。これもコスメの魔法なんだろうか、と、服を身につけながら思っていた。
●「あ、これ受け取って」
●ホテルから出て別れる時、川崎からたたまれた紙を渡された。彼は、そそくさとタクシーを拾って朝靄の中に消えて行った。連絡先かな?と思って紙を広げると、現金3万円が入っていた。
●始発の山の手線の中、火照った身体で冷静に思考するのは難しかった。ただ、ひとりの男が、女としての私の価値を認めてくれたと感じた。それは単純に嬉しかった。 |
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●次の週も東急本店のクレドポーでメイクをしてもらい、今度はメイク製品を購入した。そして、川崎に会えるかも?という淡い期待を抱いて渋谷を歩いてみたが、ダメだった。その後も3週連続でクレドポーに通い、渋谷を歩いた。一度も川崎には会えなかった。
●休日は1日中メイクの練習をした。美容部員のテクニックやアドバイスを思い出しながらやってみると、どんどん上達していった。美容雑誌やファッション誌のモデルのメークを見て、テクニックを磨いた。
●ただ噂になるのを避けるために、会社ではこれまでどおりのすっぴんを通した。だから、遊び友達もいない私には、メイクをして出かける場所がない……。
●実は、川崎との体験が、私の体に抜きがたい快感の記憶を残していたのだ。ていねいにメイクをすると、誰かに抱かれたいという欲求がつのる。しかも、ただ抱かれるだけでなく、女として価値があるんだと証明してくれるような代償もほしい。
●超保守的に育てられた反動なのだろう。たった一度の体験が、私の中で妄想のようにふくらんでいっていった。
●――私はキレイ、美しい。
●ひと晩中、快感に包まれたセックスをして、男から崇められたい……。私はメイクをした顔を鏡に映しながら、身もだえするようになっていた。
●ある日、手っ取り早く欲求を満たす方法を思いついた。簡単なことだ、性のサービスを提供する仕事に就くこと。これなら誰にも知られずに自分の体と心を満足させることができる。OLの仕事と両立できるかどうかだけが不安だったが、ホテトルの面接に行って安心した。
●「君ならすぐにナンバーワンになれるよ。じゃ、明日からよろしく」と社長におだてられて事務所を出たとき、とても幸せな気分に包まれていた。風俗なんてやったら、アブナイ世界に入っちゃうかも?とも思ったが、それ以上に、生まれて初めて大胆になれた自分がうれしかったのだ。
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