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vol.17 2004.08.26
私を壊した不倫――25歳、節子の場合
Novelization/笹倉 紫  Illustration/福田さかえ
FAnetオンラインノベルは、読者から送られた体験談をもとに書き起こした小説です。あなたの投稿をお待ちしております。詳細はこちら
40歳すぎの田口と私は、あっという間に男女の関係になった。ヨーロッパの生活が長く、芸術の世界で生きる田口にとって、私を愛人にするのは、赤子の手をひねるより簡単なことだったのだろう。私は田口に夢中になった。
目がさめたとき、部屋の中はぐちゃぐちゃだった。服、バッグ、アクセサリー、下着、雑誌、あらゆるものが散乱していた。
これが家庭内暴力なんだな…。私は人ごとのように思った。他の誰でもない自分自身がやったことなのに、実感が持てない。
そのくせ、昨夜、自分が何をしでかしたかは、しっかり覚えている。あいつから電話があって、優しい声が聞こえてきて、なぐさめみたいなことを言われて、最後の言葉が、「いつまでも愛している」だった。
そのあと、私は、また爆発した。言葉にならないわめき声をあげて、手に取ったものをすべて壁に投げつけ、鏡を壊し、本棚をひっくり返し、部屋に入ってきた母親をののしった。
「あんたのせいよ、あんたが甘やかしたから、こんな私になったのよ」
「ママが、私をちゃんと育ててくれなかったから」
「母親のくせに、娘を守れないの!」
母親はおびえて私を見ているだけだった。そのうち私が自分の頭を机にがんがんと打ちつけ始めると、私の足にしがみついて、「節子、やめて、やめて」と泣いて懇願した。
ついに自傷行為までしちゃったか…。額をさわってみると、こぶが出来ていた。
私は、ほんの1年前まで、誰もがうらやむ人生を歩んできた。中学高校は東京の有名私立で首席を通し、最難関の大学に合格。理学部の研究室でも優秀な成績だったから、周囲は皆、大学院へ進んで研究者になるものと思っていた。いや、私自身、4年生の秋まではそのつもりだったのだ。
ただ、私は、幼いころから音楽が好きだった。音楽は音楽でもクラシック、しかも長じるにしたがって難解と言われる現代音楽に傾倒していった。4年生の10月、現代音楽のコンサートであいつに出会った。その世界では知られている音楽プロデューサーの田口章。専門誌で何度もその名前を見たことがある。田口は、ロビーでパンフレットを見ていた私に、声をかけてきた。
「音楽を勉強していらっしゃるんですか?」
「いいえ、趣味で聴いているだけなんですけど」
彼は私に強い興味を抱いたようだ。現代音楽が趣味の若い女の子というのは、確かにそれだけで希少価値かもしれない。田口は、あなたは大事なお客様だから、いろいろと教えてさしあげたいと言い、私を食事に誘った。
大好きな音楽の話が聞ける――、私にはそれだけで十分OKする価値があった。しかも40歳すぎの田口は、父か先生に近い存在に見えた。警戒心を持たなかったのはそのせいだと思う。
しかし、私たちは、あっという間に男女の関係になった。ヨーロッパの生活が長く、しかも芸術の世界で生きる田口にとって、私を愛人にするのは、赤子の手をひねるより簡単なことだったのだろう。私は田口に夢中になった。
出会って3か月後、クリスマスディナーのときに、田口は、音楽の世界に入らないかと言ってきた。昵懇の音楽会社に就職を斡旋してくれるという。すでに大学院の試験に合格していた私は、教授に断りを入れて、彼の誘いにしたがった。
そして、春。音楽会社に就職すると、毎月のように田口の同伴で海外出張に出かけるようになった。毎日がめくるめくように過ぎていった。
――音楽は道徳的でない。
彼の口癖だった。そして、それは、彼のすることすべてを承認させる口実でもあった。彼は、私を壊していった。成績優秀?いい大学を出た才媛?それがどうした!周囲からうらやましがられるキャリア?それに何ほどの価値がある!くだらない虚栄心など捨ててしまえ!
数少ない才能あるものだけが、本当の芸術を知っている。おまえにはその才能があるのだから、一心不乱にその才能を育てなければならない…。そのためには、私のそばにいることだ。何も考えず、私に任せておけば、おまえの才能は開花する…。
冷静な耳を持っていれば、歯が浮くような口説き文句でしかなかっただろう。でも彼は、海外出張のたびに世界的に著名な音楽家に会わせてくれた。世界のセレブに仲間入りをしたような錯覚。私は、何もかも彼に任せていればいいと思うようになっていた。私は従順な女になっていった。
めくるめく毎日が反転したのがいつだったか、よくは覚えていない。ただ、田口の妻が自殺未遂をし、そのために田口が1か月近く仕事から離れたことがあった。私への連絡も突然途絶え、私は不安な日々の中で、彼との関係を考え直す時間を持った。おそらく、そのころから、私は、田口に妻がいること、自分が愛人でしかないことにこだわるようになったのだと思う。
田口が仕事に復帰した直後、私は、初めて彼に妻のことを聞いた。どんな女なのか、いくつなのか、子供はいないと聞いているがなぜなのか…。
田口は離婚直前だと言った。ただ、自殺未遂をされたために離婚が遅れてしまった。それでもいつかは間違いなく離婚する、その了解はとってあるというところまで、田口は私に語った。しかし、そこまでだ。
結婚してほしいなどという言葉は、私のプライドにかけても、また私と彼の芸術的な恋愛関係にかけても言えるものではない。そんなことを言ったら、田口に嫌われてしまう。私は、そう思わされていた。
「あなたといる時間が短すぎる」「一日中、一緒に音楽を聴き続けたい」「仕事上、あなたと別に住んでいるのは不便だ」
私は、はっきりそれと言わず、におわすいように、追いつめるように、田口に同居を迫るようになった。しかし、田口は気づかないふりを続けた。どうあがいても彼のほうが上手だ。田口を思い通りに動かすことなどできはしない。
彼は、誰よりも私を愛していると言い、私と彼の関係こそ芸術と恋愛の最高形態だと言ってのける。そして、都合のいいときに私を呼び寄せ、私を抱き、私を秘書のように使った。
私は、田口との一部始終を、幼なじみの恵子にだけは話していた。最初、恵子は「つまり、不倫ね」と言ったが、私が田口の受け売りで、「彼とは芸術の同志なの」「結婚なんて求めない。もっと崇高なもの」などと主張すると、ついていけないという顔をして、ただ話を聞くだけになっていった。
そんな、恵子が、「顔色悪いよ。大丈夫?」と、私を心配し始めたが、今から3か月前。田口と出会ってから丸2年、就職2年目の秋だった。
私は、恵子を前にして、田口には言えないことをすべて語った。
「早く田口に離婚してもらいたい」「田口と結婚したい」「結婚できなくても、すぐにも一緒に住みたい」「田口を自分のものにできさえすれば、あとは何も要らない……」
恵子は一緒に泣いてくれた。
「私の大事なせっちゃんが…。賢くて、自立していて、みんなの憧れだったせっちゃんが、どうしてこんなになっちゃったの?」
そう言って、私を抱きしめてくれた。私は恵子に、田口に会って、私の思いを伝えて欲しいと頼んだ。
恵子が田口に会い、その足で報告に来た日、私はすでに常軌を逸していた。CDラックのCDをひとつひとつ取り出してナイフで傷付け、それに気づいた母親に暴力をふるい、わめき散らし、父親に羽交い締めにされて、精神科に連れて行かれた。恵子が来たときには安定剤が効いて落ち着いていたが、恵子の話を聞く気力は残っていなかった。恵子は私の両親に事情を聞いて帰っていった。
それから今日までのことを、私はあまりよく覚えていない。会社はずっと休んだ。恵子が毎日のように来てくれた。ずっと眠っていたような気がするが、そんなことはないらしい。こっそり田口に会いにいったり、母親が田口からの電話をとりつがなかったときは、暴れたりもしたらしい。あるとき、恵子が、田口に会ったときのことを話してくれたような気もする。
「確かに、女にはモテる人だよね。実力もあるしさ。私にも、節子がいちばん好きだって言ってたよ。でも、奥さんとは別れるとは言わなかった…」
田口は、恵子の前でも、いつもどおりだったわけだ。
私は混乱した頭で、堂々巡りを続けている。
今でも田口を愛しているのか、結婚したいと思っているのか…。わからない。
ときどき、発作的に会いたくなる、たまらなく抱かれたくなる。しかしそれがかなわないから暴れ始める。その繰り返しだ。
これまでがあまりにも恵まれていたから、初めて思い通りにならないことに出会ったから、それで錯乱しているだけじゃないかと思うこともある。そうだとしたら、今に田口のことなんて忘れられるはずだ。
でも、まだわからない。田口の顔も声も、生々しく私の体にまとわりついている。今、会いに行ったら、これまでと同じように優しく私を抱いてくれるだろう。愛していると言ってくれるだろう。でも、それだけなのだ。それだけ…。
Fin
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