ミッドタウンの芝生広場に並べられた名車の数々。この日は朝から雨。しかし、このクラスのイベントは、いつでもドラマチックでなければならない。この光景を見る限りなんだが、六本木のど真ん中って気がしませんね。このように、一点一点審査が行われ、賞が決定する。
クラスA:ヴィンテージ部門の金賞に輝いた1930年製の「ロールスロイス ファントムU」。この時代からロールスロイスは世界No1の地位を築き上げていたんだよ。
クラスD:モダンクラシック部門の銀賞には、1963年製「ランボルギーニ350GTV」。フェラーリへの対抗意識がむき出しだったためか、こんなデザインに。性能が時代の先を行き過ぎたため、試作の一台しか世の中にないんだ。僕が、世界でいちばん好きな車なんだ。
クラスC:ポストウォークラシック部門の銅賞をとった、1946年製「ドライエ」。僕のお気に入りのひとつ。この曲面を見てよ。球根型のフェンダーに炎のマークのメッキリムの装飾が、あまりにもカッコいい。
僕はここでも、車好きっていうことを何度も言ってきたけど、これはファッション界でもけっこう有名なことなんだ。ブランドが売れに売れてるときは、お金を全部車につぎこんで、数々のスポーツカーを所有するくらいだったしさ。
僕の車の好みといえば、性能やステータスよりやっぱりデザイン。美しく、きれいなデザインのものが、なんせ大好きなんだよ。そうそう僕は、小さい頃から美しい物を見ると、何時間も見つめていたりしたもんだ。車もそう、景色もそう、家業の呉服屋の反物なんかもそう。美しいものって、やっぱり人をわくわくさせてくれるというか、元気にしてくれるというか。ホルモンの分泌が活発になるんじゃないかね。とにかく美しいものを見るのは心地いいもんだよね。
で、今週は、そんな車の美しさを競う「コンコースデレガンス」というイベントの話。これは1929年からヨーロッパやアメリカの各地で開催されているコンテストで、最初はイタリア、それから戦後は、アメリカのペブルビーチで開かれる「コンコースデレガンス」が有名だよね。日本からも、毎年ここには出かけていくというカーマニアも多い。
そしていよいよ今年、そのコンコースデレガンスが日本でも開催されることになった。名づけて「東京コンコースデレガンス」。会場は東京ミッドタウンの芝生広場で、ここに33台のクラシックカーが展示された。その表彰式とパーティが、ミッドタウンのザ・リッツカールトン東京で開かれて、僕もワクワクで行ってきたってわけだよ。
このコンテストでは、1910-30年のクラスA(ヴィンテージ部門)、1931-45年のクラスB(クラシック部門)、1945-60年のクラスC (ポストウォークラシック部門)、1961-75年のクラスD(モダンクラシック)という4つのクラスに分ける。そしてそれぞれのクラスごとに、自慢の名車を日本国内の所有者が出品して、その美しさを競うというものなんだ。
いやいや、こうやって時代別に車を見てみると、ほんとに車とファッションの歴史っていうのは似てるんだよね。まずは1920〜30年代のクラスA。車が発明されてまもない時代だよ。車という概念がないところで、みんなが試行錯誤して一生懸命車を作ったというのがよくわかる。
ファッション界でもモードというものが登場して、同じようにみんなが試行錯誤していた時期だよ。とくに車は、目が飛び出るような高級品だからね。四角い箱に車輪がついたようなシンプルな構造なんだけど、一方で室内は応接間と見紛うばかりのすごく贅沢な作りになっていたりする。
やがて40年代のクラスBの時代になってくると、車というのが文化になっていくんだ。そして、人の欲望をかき立ていくんだよね。このころから技術力に加えて、スタイリングも意識された。ちなみにファッション界では、クリスチャン・ディオールがニュールックという新しいシルエットを発表。世界中の女性たちの着飾りたいという欲望をかきたてた。ファッションもこのころ流線型がブームになってたけど、車も同じ。流れるような美しい車がどんどん登場するんだ。
それからスピードというものを競うようになったのもこの時代だね。モータースポーツのグランプリや、ル・マンという24時間耐久レースが始まって、各自動車メーカーも、こうした晴れ舞台にどんどん参戦するために、高性能の車を作り始めるようになった。
このころの車というのは、やっぱり富の象徴。スピードやステータスシンボル、美しいデザイン・・・王侯貴族やハリウッドスターという富裕層のそんな欲望を、車が一手に引き受けていたって感もあるね。
50年代のクラスCは第二次世界大戦終了直後。つまり世界が大きく変わった時期に当たる。車のデザイナーも競って、新しいテーマに挑戦して、新しい時代を感じさせる名車もつぎつぎ生まれた。ほんとに車の傑作が多くて、僕もこの時代の車が一番好きなんだ。そうそう、ファッション界でも、有名デザイナーがつぎつぎ登場して、傑作がたくさん生まれたのは、やっぱりこの時代だよね。
エレガント・レーシング賞をとった、1926年製「ブガッティT35A」。あまりにも有名だよね。世の中のレーシングカーの中では、最高傑作だと思うよ。あいにくの雨の中、夜、こっそりと見に行っちゃったんだが、実に素晴らしい!
各部門の賞を総なめしている大金持ちの車のオーナー様たち。ヴィンテージクラシックの金賞を取った「ロールスロイス」の持ち主の人もいる。ホテルの玄関にも数億円のブガッティが横付けしてあったので、僕が「下品なヤツがいるもんだ」と言ったら、「あっ、あれ、私のだよ」だって。一億円て、彼らにとったら、ちょうど僕らにとっての一万円くらいの感覚らしい。
たとえばこの時代に出てきたBMWの507という車があるんだけど、デザイナーが車のデザインを突き詰めすぎたために、発売は遅れるわ、価格は高くなりすぎるわで商業的に大失敗した車としても有名なんだよね。それでも、今でも語り継がれるほど、傑作として知られる。ファッションもそうだけど、商業的な成功と、その商品のすばらしさっていうのは、必ずしも一致しないってことの証明でもあると思うわけだよ。
一方、60〜70年代のクラスDは、車というものが巨大な産業と化してしまった時代。ハンドメイドではもうダメで、コストや生産性も考えないと、成り立たなくなってしまった時代だよね。これもファッションと同じ。システマティックという言葉がすごくはやって、生産工学やコスト計算なんかの知識もないと、ファッションというビジネスが成り立たなくなった。
この時代は、ファッションでもプレタポルテという量産志向のものと、クチュールという高級志向のものが両立した。車も同じで、高級志向のものと大衆的なものが、両方発展していったんだよね。とくに高級な車は、まったく新しい価値観の車がつぎつぎ作られてるんだ。有名なのは1965年のランボルギーニのミューラとかさ。フェラーリやマセラッティも未来的な車をつぎつぎ投入したりしたね。
というわけで、今回はその4つの部門で、金賞、銀賞というのがそれぞれ選ばれた。パーティでは、出品した車の所有者がメインゲストで、かなりいつものセレブパーティとは雰囲気が違ってたよ。
出品されたのはどれも高価な車ばっかりで、ゲストもそういう車を所有するケタはずれのお金持ちばっかり。ただちょっと意外だったのは、その車とオーナーのイメージがあんまり合ってなかったこと。これだけの名車を所有するんだから、もっとオーナーの人となりに、その車のエッセンスなり何なりをにじませてほしかった。世界に一台しかない車も多いんだもの。もったいないよね。とはいえほんと、世にも美しい車がたくさん目の前で見られて、この年になった僕もいつまでもいつまでも眺めていたい、そんなイベントでした。
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