エミリオ・プッチの60年間の集大成が、すべてバルーンに。
もう11月。2007年も終わりに近づこうとしてるね。ファッション界では2008年の春夏コレクションは、ニューヨーク、ミラノ、パリ、東京と一巡して、来年の流行の全貌が早々に明らかになった。
来年の春夏は何たって、色と柄。まず、はやるものといえば「ポップガール」といって、はち切れんばかりの原色をがんがん使ったポップなライン。それから「モダンアート」。絵画のように芸術性の高いものだね。そして「グラフィカル」といって、グラフィックプリントを中心にしたもの。
どこのファッション雑誌を見ても、色!色!色!、柄!柄!柄!、そんな久しぶりに派手な春夏になりそうな予感だな。ベージュのジャケットや黒のレギンスをひとつ持っていれば、どうにかなるっていう時代じゃなくなっちゃったんだね。
そしてこの「色、柄」というものに掛け合わせられる要素が、エスニックに原始的なものを組み合わせたナチュラル&エスニック。それが色濃く出てるのが、小物、それも靴なんだよね。トングといわれるぺったんこの革のサンダル、それからエスパドリーユ。みんなもよく知ってる、麻ジュートを組み合わせた、ナチュラルなシューズなんかが爆発しそうだな。
そんななかタイミングよく、エミリオ・プッチの60周年を祝うパーティが盛大に開かれたんだ。プッチといえば独特な幾何学模様と大胆な色彩で有名。まさにこのプッチのデザイン表現が、そのまんま来春のトレンドと重なりあっているんだな。
一般的にデザインには、大きく分けて2種類の手法がある。ひとつは色や柄よりも細かいディテールのデザインにこだわり、いろんなアイデアを注ぎ込んでいく方法。もうひとつは細かいディテールよりは、素材や色使いや柄といったテキスタイルで表現する方法だよね。
どちらかというと僕もそうだけど、エミリオ・プッチはまさしく後者。まあ、僕の人生も山あり谷ありだけどさあ、エミリオ・プッチの60年も決して順風満帆じゃなかったんだよ。
ちょっとここで、エミリオ・プッチの歴史をおさらいしてみよう。もともとはスイスのスキー場で、友人のガールフレンドのためにスキーウエアをデザインしたのが始まり。その後彼は、アフリカ、インド、バリなどエキゾチックな場所を自ら旅していくんだよね。で、そこから民族的な柄や色にインスパイアされて、多くのデザインをしてきたんだ。
今や、エスニックという言葉も一般的だけど、この当時は個性的というか、前代未聞というか、とにかくぶっとんだ存在だったわけだね。世界的に当たったブランドというのは、必ず現象を起こしてるもんだけど、彼もこのとき、時代の空気と自分のデザインとを神業のようにマッチングさせて、「プッチ現象」というものを巻き起こした。そして60年代、70年代は世界のセレブリティを虜にして、世界に広がる一大ブランドになっていったわけだよ。
これはファッションだけの話じゃないんだけど、時代の空気っていうのは、つねに変化してるわけで。あるとき時代と見事にぴったり重なりあって「現象」を起こしたものは、時代が変わっていけば、またたく間に古くなってしまう。永遠に時代と寄り添って発展していくことはむずかしいんだよね。
エミリオ・プッチも80年代、90年代になると、経営難に陥ってしまう。で、2000年にルイ・ヴィトングループ「LVMH」が筆頭株主になり、経営難に直面したブランドを支えて、世界のマーケットでの完全復活を目指していく。そして今や、イタリアで一番古い既製服のブランドとして君臨しているわけだね。
まあ、ここがヨーロッパのファッション業界のすごいところでさ。日本だったら、どんなにすごいブランドでも、売れなくなったらそれでおしまい。ファッション業界の冬の時代といえる80〜90年代に、誰も手をさしのべてくれることなく、消えていったブランドだってたくさんあったんだから。その点ヨーロッパは、文化であるファッションの火を消しちゃいけないって、いいブランドは窮地に陥ると、必ず誰かがサポートして残っていくんだよね。
とにかく、そうして若者たちにまでファンの裾野を広げて、奇跡の復活をとげたエミリオ・プッチ。その60周年を祝うパーティはショールームでおこなわれたんだ。会場はすごかったよ。これはいいアイデアだと思ったのは、60年間を代表するエミリオ・プッチのプリント柄を直径1〜2メートルはあるバルーンにプリントしていたこと。そんな大きなバルーンが何十個も会場の空間を埋めつくすという、まさにファンタスティックでオシャレな、エミリオ・プッチらしい会場だった。
それにしても、さすがにプッチ。若いモデルから、ファッション業界の重鎮といわれるジャーナリストなど、幅広い人たちが集まって、いろんな人に愛されてることも実感したよ。60周年と言えば、まさしく還暦。還暦っていうのは、干支がもう一回回ってくるという意味だしさ。エミリオ・プッチの場合も、一度は遠のいていた時代を、再び引き寄せたっていうオーラみたいなものがバンバン出ていたよ。
手前味噌で申し訳ないけどさ、ファッション業界の人に「色と柄で見せる日本のファッションブランドは?」と聞いたら、ほとんどの人が僕のブランド「フィッチェ」と答えると思うんだ。それだけに、エミリオ・プッチの復活を、うれしいような、悔しいような、複雑な思いで見ている僕がいた。日本では、ファッションをみんなが力を合わせて、文化として残していくという土壌がないもんなあ。そんなことを思わず嘆いたパーティでもありました。
このような大きなイベントには、有名人目当てのマスコミが多く来ている。僕もこんな感じで、いつもフォトセッションさせられているんだ。
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