3歳からバイオリンを慣わされたんだ。苦痛で苦痛で、7年でやめてしまった。小さい頃から、押しつけられることが大嫌いだったなー。ちなみにファッションはすべて、オーダーメードだったんだ。
高校1年生のときはR&Bに憧れ、リーゼント風の髪と、コンポラのスーツに細いネクタイ。これって今はやりのファッションだけど、40年も前にすでにやってたんだから、偉いだろ?
関東ほかエリアでは、4月13日(日)の21時54分から、僕をテーマにしたドキュメンタリー番組「ソロモン流」(テレビ東京)がオンエアされる。いよいよ僕の番がやってきたわけだよ。ひとりの人物に長いこと密着しながら、その人の人生観なんかを紹介していく番組だよね。
実際、すごいよ。初めてプロデューサーに会ったのは、半年くらい前。以来、ほんとにずっと密着されてたもんな。で、そのときプロデューサに言われたんだよ。
「ドンさんはもうとっくに出演していただいてるもんだと思ってました。もっと早くに声をかければよかったです」って。
僕は僕で、10年くらい前にこういう番組があればよかったって、つくづく思ったよ。ちょうど僕が、今週はパリだ、来週はニューヨークだって、世界をまたにかけて飛び回ってたとき。当時なら、テレビ的に「ドン小西ってほんとにかっこいい!」と思われるようなデザイナーの僕を紹介できたのに。
でもまあ一方で、この年になってくると、もうカッコつけた自分じゃなくて、本当の自分も見てもらいたいというのもある。この番組の趣旨は、ぴったりだね。僕がデザイナーになったルーツを探りつつ、過去、現代、未来を丁寧に掘り起こしていくんだ。
僕もこの何10年かは、来月のファッションショーは…、3ヶ月後のイベントは…、って、いつも期日に追いまくられて、自分の過去を振り返る暇なんてなかった。そういえば、過去の自分のショーのビデオを見たり、カタログを見たりすることも一回もないんだよ。そんなもん懐かしんで見ちゃったら、もう成長が終わりって気もしてたからね。
(右)高校3年のときは、サーフィンに憧れた。パーマのかかったロングヘアーとピタピタの細身のシャツ。襟の大きさといい、70年代ファッションを、60年代にやってたわけだよ。最近着ているシャツもまさにこんなデザインだけど、人生を二度楽しんでるようで、少し気持ち悪いって。
(上)ロンドンに短期留学していた頃。1970年、ロンドンのキングスロードを我が物顔で歩いているところだよ。ファッションリーダーやミュージシャンなんかが、僕に憧れて近寄ってきたもんだ。この頃、将来はデザイナーになるってことを確信したね。
そんなわけで今回この番組を通して、初めてといっていいほど、自分の人生を振り返ることもできたんだ。たとえば三重県の実家を取材されたりとか、幼い頃の思い出とか、デザイナーとして20年も前のファーストコレクションなんかも紹介される。
かと思うと、今、テレビや雑誌に出たり、学校の教壇にも立ってる僕とか、あるいは孫にピアノを教えている僕とか、いろんな僕も出てくる。そしてそれを僕自身がひとつひとつ確認できた。そんないい機会になったと思う。
で、こうして自分を見て、思ったこともある。僕の人生は成功かというと、それはまだわからない。でも僕の代わりはいないということは、胸を張って言えるね。まあ、それを「変わったヤツ」と言う人もいるんだけどさ。悪く言えば行き当たりばったり、かっこよく言えば、手探りの人生。でも僕は、いつもそんな自分を信じてきた。これも声を大にして言いたい。
1972年、ロンドンから帰って、赤坂のディスコ「MUGEN」や「ビブロス」に毎晩のように出没していた頃の写真。ファッションや文化は学ぶものじゃなく、理屈抜きに肌で触れて感じていくもんだと思ったのを覚えているよ。この当時、こんなファッションしている人、いなかったもんな。ちなみに毛足のあるヒョウ柄タキシードJKに、ロンドンで買ったラインストーン付きのTシャツ。そして赤ラメのサスペンダー。パンツはもちろんボロボロのダメージジーンズ。
映像を見て思ったことがもうひとつ。オレって年取ったよなあ。ほうれい線も深くなってるし、やっぱりこれから一番大事にしなくちゃいけないのは、健康だよ、健康! 気持ちだけは若くて、いろんな若い子たちとノリノリで写真撮ったりするけどさ。あとでその写真を見てみると、ときどきポツンと、ずんぐりむっくりのおじさんが混じってるって感じになっていて、ふと寂しくなることもあるんだよね。
まあ、この年で、つねにハラハラ、ドキドキ、ウキウキしてる。そんなドン小西をズーンと深く知ってもらえる今回の「ソロモン流」。ぜひぜひ、ご視聴ください!
1973年、パターンの勉強をしたくて、文化服装学園に入学した頃の写真。この年の夏は、ハワイアン・ヴィンテージファッションに凝って、古着を買いあさったもんだ。この1950年代製のアロハシャツは、ハリウッドランチマーケットの社長から譲り受けたもの。隣にいるのは、この年に知り合った早苗さん。つまり僕の奥さん。まさかこのあと35年も一緒に人生を過ごすとは、この時点では想像もしてなかったね。
1992年の夏、箱根に愛車フェラーリF40でドライブしたときの写真。この頃はデザイナーの名声も全国に知れ渡り、地位もお金もあった時期。でも唯一イケてないのが、このオレだよ。ヘアスタイルも、シャツも、パンツも、何もかもすべてダサい。ファッションっていうのは、ある程度ハングリーじゃないとダメなんだなと、今さらながら思ったりして…。
1980-1990年代の、僕の代表的作品を、テレビの撮影のためにスタジオに持ち込んでディスプレーしてみた。あらためてみると、今後こんな大作は、日本のファッション界からは絶対生まれないと思ったね。しかし限界ギリギリまで自分を追い詰めて、我慢して、苦労して、死にものぐるいで完成させた作品たち。涙が出てきちゃったよ。
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