佐渡ケ嶽部屋から毎度、招待状が届く千秋楽祝賀会だが、今回はハレの優勝祝賀会となった。なんせ、さすがに1500年の伝統を持つ国技だけあって毎回毎回の祝賀会も規模が違う! 芸能人の結婚披露宴よりデカい! 角界は違うね。ファッション界ではこうはいかないよ。
この日の琴欧州は引っ張りだこの大人気で、オレとしゃべっている暇などなかった。TVの報道陣を避けて、ドン小西プロデュースの2つめの高価な時計を記念にプレゼントした。その後、「ありがとう!」とちゃんと電話がかかってきたが、時計のベルトが短くて「穴1つ分、足らないんです」だって! 特注でベルトを頼まなくっちゃ(笑)
いやぁ、僕は男泣きしたね。弟分である佐渡ケ嶽部屋の琴欧州が、ついに大相撲夏場所で優勝した! 11日目の取組でモンゴル出身の朝青龍、12日目で同じく白鵬を下し、14日目で安馬を圧倒したことで千秋楽を待たずして優勝を決めたんだが、その取り組みが終わった30分後くらいに琴欧州本人から電話が入った。
気にはなっていたんだが、僕はその日ずっと仕事に追われてTVで大相撲の中継を見ていなかった。「琴欧州です。やっと初めて優勝できました! ありがとうございます」「おう、優勝できたか。やったなぁ!琴欧州!」「ありがとうございます!」「よぉし、明日の優勝祝賀会に駆けつけるぞ!」と。ほんと、うれしかったねぇ。
というのも、琴欧州と僕との関係は1年半くらい前になるかなぁ。僕がイスラエルの親善大使を務めていたということは、このFAnetの読者の皆さんはご存じだと思うけど、イスラエルへ、日本の国技・相撲を紹介しようということになり、親善大使の僕は先頭をきって佐渡ケ嶽部屋の力士、行司、髪結ら一行を引き連れて巡業に行ったんだ。
佐渡ケ嶽部屋や後援会の皆さんの前で、お約束の儀式、金杯を手にした琴欧州。「どうやって飲むの?」これには笑ったね。
まあ、そんな事から、昨年亡くなった先代の佐渡ケ嶽部屋親方(元横綱琴桜)をはじめ佐渡ケ嶽部屋とは親しい間柄になり、ずっと付き合いがあるんだ。琴欧州もちょこちょこ僕の家の近くまでやって来て、飯を食って相撲やファッション、女、遊び……いろんな話をする。57歳の僕から見ると、25歳の琴欧州はうちの子供より下なんだから、かわいい弟分ってわけだ。
いつだったか、いつもの店で7時に待ち合わせ、僕が仕事を終えてかけつけたら、「琴欧州さん、1時間も前からお待ちですよ」って店の者が教えてくれた。「早く着いたなら電話すればよかったのに」と言うと、「お疲れさんです。待ってました」と、何も飲み食いしないで待ってたんだよな。律儀だろ、かわいいだろ! 忙しいのに迷惑かけちゃいけない、人生の先輩の兄貴分の僕を急かしちゃいけないと思ったんだな。
デーモンさんも大変な相撲ファンで有名。この会場にこのいでたち。主役より目立っていた! しかしこの衣装、よくよく間近で見るとすっごく凝った服でビックリ。首元に“DK”のイニシャルがあるから、僕の服を買ってくれたんだと思ったんだが、考えてみたらデーモンさんもイニシャルがDK。ダブルDKだった。
イスラエル巡業に同行した時の琴欧州のお父さんは、朝から晩までTシャツに短パン、つっかけだったが、スーツ姿のお父さんは初めて見た。日本に来た途端、一夜にしてお父さんも大スター! むしろお父さんが大ブレーク!?
いやぁ、そういうところ大事だよな。何か日本人の若いヤツらが忘れている部分を持っている人間なんだ。非常に誠実で律儀、琴欧州の方が日本人らしい気がするよ。日本に来てからも、自分が何をしなきゃいけないか、どういう状況に自分がいるかよく分かっている。相撲は“心技体”とよく言うけど、これからの相撲界を背負って立つのにふさわしい人柄だと思うな。常に人の気持ちを察する事ができるしね。
で、その弟分が14勝1敗という素晴らしい成績で、優勝を成し遂げた。しかも、まあ、ここずっと飛ぶ鳥を落とす勢いの話題のモンゴル勢、朝青龍と白鵬を圧しての優勝なんだから、すごいよ! 平成14年11月場所で初土俵入りして、あれよあれよと史上最速で、平成18年の1月場所で大関に昇進した。ところが、新大関の場所後のケガが原因で思うような相撲が取れず、ずっと苦しんでいたんだな。
僕もちょうど、同じように仕事の悩みを抱えていた時だっただけに、今回の琴欧州の優勝で元気と勇気をもらった! オレも夏に向けてがんばろう!と思ったもんね。ほんと、パワーをもらったんだ!
そして電話で約束した千秋楽後の優勝祝賀会に、僕もカミさんを引き連れてお祝いに駆けつけた。大盛況だったよ。まっ、これからも2m2cmの長身を活かして、今話題のモンゴル勢なんかをどんどん制覇して日本一の横綱になってもらいたいな!
琴欧州
ブルガリア中部ジュルニツァ村出身。佐渡ケ嶽部屋所属の大関。本名カロヤン・ステファノフ・マハリャノフ(25歳)。初場所から19場所で大関に昇進するものの、新大関の場所後に右ひざじん帯を痛め、治りきらないケガに苦しみ2年以上も低迷していた。が、大関昇進から15場所目の今場所、大関カド番で2006年初場所の栃東以来7人目となる優勝を決めた。
これまで、外国人力士では、1972年の高見山(アメリカ出身・前頭4)、1989年の小錦(アメリカ出身・大関)、1992年の曙(アメリカ出身・関脇)、1994年の武蔵丸(アメリカ出身・大関)、2002年の朝青龍(モンゴル出身・大関)、2006年の白鵬(モンゴル出身・大関)が初優勝しているが、ブルガリア出身では初めて。
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