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空とシュウ
SEXFRIEND SINCE 16
LiLy

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前回までのあらすじ

 いわゆる“セックスフレンド”として繋がっている私(のあ)とシュウ。26歳まで10年続いている関係だけれど、自分でもなぜここまで続いているのかわからない。なぜ、シュウでないとダメなのか。物語は一転、10年さかのぼって、15歳の私。

第2章 age15 心の赤い涙(1) ―どんなに祈ったって、あたしの願いなんて叶いやしない―

 「目が覚めたら、学校がこの世から消えてなくなっていればいい。そうじゃないなら、私がもうこのまま、目覚めなければいい。みんな、さよなら。ぜんぶ、さよなら」

 あの晩、2階にある自分の部屋のベッドの中で、眠りに落ちる前、祈るような気持ちで私はそう思っていた。それでも朝はきて、カーテン越しに入ってきた春の眩しい光で私は目覚めた。まさか4年間も着ることになるとは思わなかった制服に着替え、「学校、頑張るのよ」と必死になって私を励ます母から逃げるようにして、朝ごはんも食べずに、家を出た。自転車を5分間こいだら、中学校が見えてきた。

 ほら、私の願いなんて、何ひとつ叶いやしない。

 キャピキャピした女子の笑い声や浮かれた男子の話し声が華やぐ、新学期独特の空気の中、私はひとり、重く沈んだ気持ちで自転車を駐輪所に止めた。騒がしい声のほうに、仕方なく、私は歩く。少し背伸びをして、耳が痛くなるほど高い声で大騒ぎしている女子達の頭の上から、学校の入り口に張り出されたクラス表の中に、自分の名前を探す。
 3組、担任はまた、野村だ。最悪。はぁ、と大きくため息をついた私の方に、前にいた女子達がパッと振り返って私を見ると、凍りついたように、静かになった。
「中山先輩、やっぱり卒業できなかったんだね…」
「1カ月の停学って、出席日数が足りなくなるから、停学イコール留年ってことらしいよ」
 背中にヒソヒソ声を浴びながら、私は下駄箱の方に歩くと、ローファーを脱いで上履きに履き替えた。階段を、3階まで上がる。

 見慣れた廊下に、馴染みのある顔は、ひとつとして見当たらない。でも、誰ひとりとして知り合いのいない新しい同級生の中に、私のことを知らない奴はいないのだろう。私はすっと息を吸ってからその息を止め、廊下まで声が響き渡っている騒がしい教室の扉をガラッと開くと、中にいた生徒達の視線が私に突き刺さり、教室は一瞬にして、静まり返った。そしてまた、ヒソヒソ声。

 ふぅ、私は息を大きく吐き出すと、一番近くにあった、廊下側、最前列の席の椅子をガッと引き、そこにわざと乱暴に座った。あぁ、めんどくせぇ。心の中で言ったつもりが、声にでていたのだろう、左の方から、怖ぇ、と男子の声がした。そして、聞こえるよっ、という浮かれた女子の声が続いた。てめぇの声のほうがでかいっつーの。ホームルームが始まる前に既に限界を感じた私は、腹いっぱいに溜まった毒を両手で抱えるようにして体を曲げて、机にドンッと頭をつけた。ヒソヒソ声が、大きくなる。私の動きひとつひとつに、みんなが注目している。有名人かよ。バッカみたい。

 「先輩、そこ、私の席…」
 私は机につけた頭を左側に向けて、右頬を机につけたまま、そう言った女子を見た。かなり短い制服のスカートから伸びる、かなり細い太ももが2本、見える。
「出席番号順に座るみたいっすよ」
 頬を机から離して起き上がると、まだらな黒髪をしたギャルい女子生徒が立っていた。まだ痛々しい赤さの残る耳たぶには、透明なプラスティックの“ピアス隠しのピアス”が突き刺さっている。まだらな髪も、春休みの間に染めた茶髪を学校用に黒でスプレーしているのだろう。
「あ、分かった」
 私が席を移動しようと立ち上がると、その女子は八重歯を見せて笑った。
「私、先輩の味方っすから! 舞って呼んで下さい」
 教室中がシーンとしていた。私が何て言うのか、みんなが耳をすましているのをその空気から感じると、顔が赤くなる思いがした。ちょっと嬉しかった、その気持ちが顔に出ないように、私はわざとカッコつけて髪を掻き揚げると、「タメ口でいいよ」とだけ言って舞の横を通り過ぎた。私にはとことん運、というものがないのだろう。私の出席番号順の席は、教卓の目の前だった。

 チャイムが鳴ると同時に、野村は教室に入ってきた。また、竹刀を持っている。剣道部の顧問だからって、いちいち竹刀持ち歩くアホがいるか? お前はこん棒を持ち歩く、警察官のつもりか? たぶん、奴はそのつもりなんだろう。生徒指導部長という権力を、いかなる時も見せ付け、生徒を威嚇したいんだ。小さい奴。数週間ぶりにみた、重たい一重瞼の野村の面に、私が吐き気さえ覚えていると、目が合った。視線を反らしたのは野村の方で、その時奴の唇が一瞬にやけたのを、私は見ていた。

 「おはようございます!」
 必要以上に大声をだす体育会系の野村のドスの効いた挨拶に、私は悪夢の1年間が幕開けたことを感じた。
「みんなももう気付いていると思うが、上の学年から中山のあが入ってきた。みんな、仲良くするように!」
 私は野村の仕打ちに、震える下唇をかみ締めた。
「お前ら! 不純異性行為は、禁止だぞ!」
 私をネタにした野村の悪趣味な冗談に、ドッと、教室が沸いた。ありえない。目の裏がジワジワと熱くなっていく。怒りと悲しさと悔しさとで、体の奥から熱い涙がつくられて、上へ上へと、どんどん込み上げてくる。私は眉間に皺を寄せて、下唇を強く噛んで、必死でそれが流れ出るのを堪えた。絶対に、泣くもんか。泣いたら、終わる。呪文のように、私が頭の中で繰り返していると、こめかみの当たりに視線を感じた。横を見ると、舞がいて、舞は笑っていなかった。私と同じように眉間に皺を寄せて、怒っているような、そして私に同情しているような、そんな表情をしていた。私は、少しずつ、熱い涙が目の裏から引いていくのを感じた。

 いついつまでに雑巾を2枚用意しろ、とか、教科書は今日配布する、とか話をしていた野村は、目の前に座る私に見下すような視線を送ると、「中山は持っている教科書を使いなさい」と付け加えた。私は顎を少し上げて、思い切り野村を睨みつけた。死ね。心の中の声がこいつに届き、こいつが本当に死ぬことを願った。なんだその目つきは、と殴られるかと思ったけど、野村は私を無視して、教室を出て行こうとしていた。ただ、廊下に出る前に、まだらな黒髪をした舞を見つけ、放課後職員室に来い、とドスの効いた声で言った。

 「先輩、全校集会、サボっちゃわない?」
 生徒がゾロゾロと体育館へと移動を始めると、舞が私の腕の白いシャツを少し引っ張って、そう言った。
「野村を敵に回すと、私みたいなことになるよ?」
 私が言うと、舞はアハハと笑った。
「今年一発目の呼び出しなら、もう既にさっき食らったし。先輩も今更、野村に気に入られることはもう、ないっしょ?」
「まぁね」
 野村に対する怒りは納まらず、私はまだ、軽く震えていた。
「じゃ、サボろっかな」
 私はそう言って、舞と一緒に廊下に出た。他の生徒とは逆の方向に歩き、長い廊下の端にある重たいドアを開けた。

 眩しい光に、私は一瞬クラッとした。春だ。あぁ、私は本当に、中3をもう一回、やるんだ…。非常階段の硬いコンクリートに私が腰を下ろすと、舞は二段下に座って私の方に体を向けた。
「野村って、クソですよね? あたし、あいつ、マジで許せない」
 舞はそう言うと、ブレザーの内ポケットからタバコを取り出して、白く細いタバコを一本抜き出すと、私に差し出した。私は、いらない、と顔を横に振ると、おしりの下でスカートがぐしゃぐしゃになっているのを感じて、両手でスカートを整えて、座りなおした。

 「舞、あ、舞って呼ぶけど、あのさ、舞の中で私がどんなイメージなのか分からないけど、私、別に不良ってわけじゃないよ」
 慣れた手つきでタバコに火をつけている舞にそう言うと、舞は非常階段の壁に身を隠すようにして小さくなると、白い煙をそっと吐き出した。私が罪を被ったあのタバコは、舞が吸ったものだったのだろうか。私は、白っぽいコンクリートでできた階段を数段、眺めた。私の流した血は、もう綺麗に消えていて、跡すらない。
「あたしも別に、不良って訳じゃないっすよ。髪染めて、ピアス開けて、たま〜にタバコ吸うくらい。あと、高校生の彼氏がいるくらいかな。で、“不純異性行為”ってやつ、してるくらい。でも、それだけで、野村が言うような“人間のクズ”になるって訳じゃないっすよね?」
「敬語いいってば」
 私はそう言って、空を仰ぐように両手を伸ばして、仰向けに倒れた。階段の段差が背中にゴツゴツと当たる。視線の先には、うすーく伸ばした綿のような雲が、ぼんやりと浮かぶ、水色の空。いい表情だな、と思う。ここからは固形のように見える、だけど本当は水滴の集まりでしかない雲の中を、体を濡らしながら泳げたら、気持ちいいだろうな。空の壁は、どのくらい遠くにあるんだろう。その壁をスパッと抜けると、突然水色の空気が作り出す世界が終わり、真っ暗な宇宙になるのだろうか。何故、壁の先が真っ暗なら、今見えるこの空は青いんだろう。あ、そうか、太陽? 空の中に太陽を見つけると、目がチカッとした。私は目を、閉じる。瞼の奥に、熱い太陽の光を感じる。遠くで、彼氏のことを話しているだろうと思われる、舞の声がする。

 非常階段に寝そべりながら見上げる空に、私は瀬川を思い出す。あいつは今頃、どこかの高校の体育館で、入学式なんかに出ているんだろう。血の跡は、消えた。私の心にしばらく残っていたあの跡も、もう消えたはずだ。

<続く>

六本木、金曜日、雨の深夜。ウェイトレス、キャバクラ嬢、ラジオDJ、OL、ダンサー、ネイリスト。同じ日、同じ街で6人の女は、夢に、恋に、仕事につまずいていく。それぞれの女性たちが抱く、他人に見せたくない苦しみを描いた連作短編集。


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