第2章 age15 心の赤い涙(2) ― 瀬川を“私のモノ”にするため、のあは… ―
1回目の中3の秋に、私は瀬川の彼女になった。放課後に呼び出された、校庭の脇にあるプールの裏で、「付き合ってくれ」と言われたときに瀬川の声を初めて聞いたくらいで、私は隣のクラスの瀬川のことをよく知らなかった。ただ、よく目が合うな、とはぼんやりと思っていた。「別にいいよ」と私が答えたのはきっと、誰かと付き合ってみたかったからかもしれない。告白されたのは初めてじゃなかったけど、瀬川は、背の高い私よりも背が高く、顔も雰囲気も悪くなかったから、私はこいつの"彼女"というものに、なってみようと思ったのだ。
ただ、そうして彼女になった瞬間から、私は自分でも驚くくらい、瀬川に執着していった。私が瀬川の彼女であるのなら、瀬川は私をもっともっと独占すべきなんじゃないか、私ももっともっと瀬川を征服できてもいいんじゃないか、と私は考えていた。だから、私は、私に対しても爽やかな瀬川が憎かった。ある日曜日の図書館で、隣に私が座っているというのに、受験勉強なんかに集中している瀬川のことが、ある昼休みの廊下で、1メートル先には私が立っているというのに、彼女でもなんでもない女子と笑いながら話している瀬川のことが、ある放課後のチャリ置き場で、その後、何の予定もない私を置いて、塾に向かってチャリを漕ぎ出した瀬川のことが、たまらなく憎かった。どうしたらもっと、瀬川をモノにできるか、私のモノにできるか。考えた結果、私は瀬川の前で制服を脱いだ。ブラも、パンツも、全部、脱いだ。
瀬川の肌色の肩越しに見上げた空は、秋の夜空よりも深く黒く、冬の顔をしていた。そこに小さな星が散っていたかどうかは、覚えていない。月が見つからなかったのは、覚えている。11月の空気はきっと、とても冷たかったのだろうけど、非常階段の上に素っ裸で寝そべっていた私が寒さを感じなかったのはきっと、瀬川の体がその上にピタリと張り付いていたからだろう。
あぁ、これで私は瀬川に征服され、私も瀬川を独占できる。
私は瀬川の首にしがみつき、そんな願いを念じるように、ただ黒いその空を睨みつけるように凝視していたから、聞いていたより痛くなかった。瀬川が私から体を離したとき、私のアソコからだらっと液体が流れ出て、それが瀬川の太ももを汚してから、階段にポタポタ落ちた。
「中山も、初めてだったんだ。なんか、意外。中山って、男を知ってそうな顔してたから」
瀬川の声が冷たい空気を伝って私の裸の胸に突き刺さり、夜の闇が瀬川の裸の背中に影を落とし、私は瀬川を見失った。硬いコンクリートの階段の角で傷ついた背中が、ズキズキと痛み出した。
それからちょうど1週間後、私と瀬川が放課後に非常階段でセックスをした、という噂が学校中に流れ始めた。階段の上に残った数滴の血痕と、その近くに転がっていた数本のタバコの吸殻が、その証拠として大勢の目にさらされ、それは噂話から事実へと変わり、私と瀬川は互いの両親共々、生徒指導部長である野村に呼び出された。
瀬川は2週間、私は1ヶ月の停学処分を食らった。私でも瀬川でもない誰かが吸ったタバコの罪まで、私のものになった。成績優秀でおとなしく、目立たない瀬川より、成績も態度も悪く、背が高いからなのか何故か目立ってしまう私のほうが、悪役を演じるに相応しかったのだろう。眉間に深く皺を寄せて黙っている父親と、泣きじゃくる母親と、やけに誇らしげな態度の野村と、私をかばうこともせずに下唇を噛んでいる瀬川と、私の両親の3倍くらいの勢いで取り乱していた瀬川の両親とがかき乱していた応接室の空気の中で、私はタバコの罪を否定する気にさえ、なれなかった。
"中山が瀬川と初めてヤッて流した血と、ヤッた後で中山がふかしたタバコ"。
生徒達を夢中にした噂の中でも、何故か瀬川は脇役で、私が主役だった。それはきっと、私が"男を知ってそうな顔"をしているからだろう。 私と瀬川はその後、一言も交わすことなく、数ヶ月前に私がプールの裏に向かう前の、ただの他人同士に、また戻った。瀬川は停学後、学校に戻ることはなく、高校までエスカレーターで進める、どっかの中学に転校していったらしい。私はそれを、"うちら親友だよね"と何度も私に言っていた、クラスメイトの優花から聞いた。
「あたし、先輩と友達になれて、ちょー嬉しいんっすよ。あたし、憧れてたから、先輩に。停学の後も、んで今日も、絶対に来づらいはずなのに、先輩、堂々と登校してくるじゃないっすか。強いなぁ、カッコイイなぁ、って。ずっと友達になりたいって思ってたから、マジ嬉しい!」
舞が目をキラキラさせて、私に言う。一緒に全校集会サボっただけで、もう友達かよ。私はあからさまに苦笑した。
女子同士の"親友ごっこ"なんて、私はもう二度と、うんざりなんだ。
<続く>


