第4章 age17 メリークリスマス(2)― ありきたりな高校生活を過ごしていくのあの心は… ―
空のブルーに映えていたピンク色の桜が散り、木々が白い雲の下に黄緑色の葉を伸ばし始めたころには、私もルーズソックスをはく、ワカたちの一員になっていた。授業と授業の間の10分休みに一緒にトイレで化粧直しをしたり、2:2に分かれて順番に授業をさぼったり、昼ごはんを食べたり、こうして放課後、渋谷のセンター街マックにたまったりして、私は高校生活をやり過ごしている。
シュウとの連絡が、少しずつ、途絶えがちになっていた。高校に入ってシュウは、彼女ができたんじゃないかって、私は思っている。聞けないけど、だからなんとなくだけど、でもきっとそうだってことが、分かってしまうのはどうしてだろう。
「でさぁ、カレシが1日空くだけでチョーたまってるとかゆーから、昨日もまた、カレシの車でやっちゃったんだけど! しかもかなりゴーインでさー!」
アサミがフレンチフライを口に運ぶ手を休めて、指の油を紙ナプキンにベットリとぬぐいながら、いつものカレシ話を始めた。「ダイエット中だから」ってハンバーガーを食べなくても、そんなにフライを食べちゃ意味ないのにな、とマッピンクのグロス上にさらに油をつけて、テッカテカに光っているアサミの唇をぼんやりと見ながら、私は思っていた。
「アサミんとこも、Sだもんねー! うちのダンナもSだけど、でもさー、Sの男よくない?」
エイコがカレシのことダンナって呼ぶの、きっと絆が深いっていうアピールなんだろうな、と、鏡を手にブルーのアイシャドーを重ね塗るエイコの指先を見ながら、私は思っていた。でも、別れちゃったあとでは"元ダンナ"とは呼ばないのね。それってなんか、都合いいよね。
「のあのセフレは? S? M?」
ワカにそう聞かれて、私はドキッとした。シュウのこと、だ。セックスはしているけど付き合っているわけではない男がいる、と話したときから、ワカたちはシュウを私のセフレと呼ぶ。そういう呼び名がついて初めて、私はシュウとの関係がフツウではないのだと思った。“フツウ”のカレシやダンナ、と呼ばれる男なら、電話やメールを無視したりはしないのだろうか。シュウとの連絡が途絶えつつあるのはやっぱり、私はシュウのセフレでしかないからなのかもしれない。
「ん、どうだろう、分かんない」
私がその話題を流すようにそう答えると、「分かんないわけねぇべ、何回セックスしたんよ?」と、口の中でフライを噛みながらアサミが言い、「のあSっぽいから、案外Mだったり?」と真っ青な瞼をしたマイコが聞き、ワカがアイプチされた目で一瞬、私を睨んだ。
「のあって、何にもうちらに話してくれないよね」
「……」
私たち4人が囲む、残り数本のフレンチフライ、チーズハンバーガーの黄色い包み紙や、グシャグシャに丸まった紙ナプキン、ばら撒かれた化粧品や鏡が置かれた四角いテーブルの上に、一瞬気まずい空気が流れた。
「あ、そうだ! アタシ相談しようと思ってたことあんだけど!」
私に気を使ってなのか、または自分はグループのみんなに何でも話すよ、というアピールなのか、アサミが昨日車でヤッたばかりのカレシについてまた、話し始めた。
「実はさ、カレシ、浮気してるっぽいんだよね」
「マジでー?」というワカたちの叫び声の中で、私は、ほらね、と、ひそかに思う。カレシとかダンナとか、どんなにもっともらしい名前がついた関係だって、結局は同じじゃない。どうせ終わるのなら、守れない約束をする意味なんて、あるの? 約束をしてしまえば最後、カレシとかダンナとか、そういう言葉の安心感に惑わされて、依存し、期待し、すべてを独占したくなってしまう。約束があるから初めて、裏切りがあるんじゃない。瀬川にされたような裏切りに、再び耐える強さなんて、私は持っていない。1度目はなんとか生き抜いたけど、2度目があれば、それは私を殺しかねない。
「のあはいいな。ヤッてんのに好きにならないって、男みてぇじゃん」
マイコがテーブルの上に左頬をつけてうなだれながら、ボソッと言った。そして、嫌味でも何でもなく、純粋にそう思う、といった口調で、マイコは続けた。
「好きにならなきゃ苦しくないし。マジ、うらやましい」
右手で左胸を抑えているマイコに、私は、「それはちょっと違う」と言おうとして、やめた。違う、とは思うけど、どう違うのかは自分でもよく分からないから、言葉で上手く説明できない。ワカたちといると、それが多い。喋ろうしてもすぐ、私は言いかけた言葉を飲み込んでしまう。変に喋って噂になっても面倒臭いし。シュウのことも、話さなければよかったとさえ、思っている。ただ、たまに私は吐きそうになる。飲み込んだ言葉たちが心の中に蓄積されて、たまにオエッて全部、吐き出したくなる。
「って、のあ、シカトかよ?」とワカに言われ、私はしかたなく「ん、好きにはならないかな」と答えた。「マジ男じゃん!」とマイコが言い、みんなが笑い、それで私はホッとする。
ここの窓からは、空が見えない。見えるのは、センター街だけ。「好きにならなきゃ苦しくないし」。マイコの言葉が頭の中で反復される。約1か月、シュウからの連絡がこないだけでこんなに苦しい私のこの胸は、シュウを好いているのだろうか。
<続く>


