第5章 age18 響き(1)― 移りゆくなかで、空とシュウだけは変わらない… ―
年齢なんてただの数字なのに、その、ただ数字の音の響きが違うと、なんとなくだけど自分の中で意識が変わる。17と18では、特に、何かが違う気がする。でも自分の中の何が変わったのかと聞かれても、ぼんやりとしたものだからよく分からないのだけど。
高1から高2の、1年という時間の中で変わった、具体的な変化ならハッキリしている。ワカたちとは4人ともクラスがバラバラになった。3人は今でも放課後一緒につるんでいるけれど、あることをきっかけに私はそこからはずれ、“私”という共通の悪口の対象が彼女たちの絆を深め、3人は親友同士になったようだ。グループから解放された私は、ルーズソックスをはくのをやめた。シュウへ入れ込みそうになった気持ちをセーブするために付き合ってみた年上の彼氏は、数か月経ってもセックスをさせない私にしびれを切らして離れていった。
中学の時のあの一件以来、私とどう接していいか分からなかったのか、ずっと私に遠慮した態度をとっていた母に、初めて朝帰りをしたクリスマスの朝、ピアスを開けたばかりの耳を思いっきり引っ叩かれた。母は泣き叫びながら私を、不良、と呼んだ。その場にいた父は何も言わず私たちに背中を向け、母のその言葉を否定してはくれなかった。それから、父とはもう一言も話していない。何か話すたびに母とは、激しい口論になる。母はよく、気をおかしくしたかのように泣き叫ぶようになった。
1人になった私は今日も、机の上にひじをついて手に頬を乗せ、学校の窓から秋空を見上げている。変わらないのは、空とシュウ。なんの約束も期待もないそのふたつだけで、それ以外の約束や期待はやっぱりすべて、破られ、裏切られた。16の誕生日、シュウと出会ったあの夏の日に立っていたところに、私はまた、戻っていた。
だけど、確実に、私の中の何かが違ってきている気がする。数字の響きだけではない何かが、ううん、分からない、もしかしたらやっぱり数字の響きだけの違いなのかもしれない。だって18って、16より17より、とてもオトナっぽく響くから…。
あ。トンボ。
うっすらと白く汚れた窓ガラスの向こう側に、トンボがとまった。赤く染まる夕暮れの秋空が、トンボにとても、良く似合う。頬杖をついていない方の手をそっと伸ばし、私は人差し指で、とても冷たいガラス越しにトンボに触れた。パッと、トンボはガラスから離れ、大きな空に向かって飛び立った。しばらく目で追っていてもすぐに視界から消えてしまうほどに小さなトンボは、私よりも空を近くで見られるんだなぁ、と思ったら小さなトンボが羨ましく思えた。でも、遠い空から地上を見下ろすトンボの目には、私もトンボくらい小さく映るのだろう。18なんて、別にオトナでもなんでもないのかもしれない。だって空から見れば人間なんて、トンボと何1つ、変わりやしない。
「…後ろの席の人、昨日配った三者面談用のプリントを集めて前に持ってきてください」
担任の男教師の“三者面談”という言葉が耳に入ったのを合図に、心が下のほうへとガッと引っ張られたような感じがした。気持ちが一気に、重くなる。トンボとは、やっぱり、違う…。人間って、きっと、一番疲れる。
後ろの席の女子生徒がプリントを集めるために私の机の横に立ったので、私は机の中から白紙のままの進路希望シートを取り出して、急いで名前だけを書き、彼女に手渡した。パッと一瞬彼女を見上げると、彼女は私の白紙のプリントからサッと視線をそらして前の席へと一歩進み、前に座る生徒からプリントを受け取った。中山のあ、と私が書いている間、彼女の視線を右の耳たぶに感じた。去年のクリスマスにシュウがくれた小さなピアスが突き刺さった、耳たぶに。彼女は私の高校卒業後の進路が白紙なのを見て、少しも不思議に思わなかったはずだ。私のような不良は、進学も就職も、何も考えていないものだから。期待を裏切らなかった私はきっと、彼女を安心させたはずだ。
<続く>


