第5章 age18 響き(3)― 私が「こんな子」と呼ばれるようになったのは… ―
「やめてっ!! 叫ばないでっ!!」
母よりも大きな声で私は叫んだ。母は驚いて泣くのを止め、涙でグチャグチャになった顔を私に向けた。自分でも初めて聴いた自分の声に、私の体は少し震えていた。
「ハハ、アハハ…」
突然、母が、笑い出した。とても気味の悪い、とても悲しい笑いかたで母は泣きながら笑って、そして、乱れた呼吸で肩を上下に震わせながら話し始めた。
「…18年前、あなたが生まれた時、私とお父さんは28歳で、まだ若くて、子供を持つのは不安だったけど、二人で一生懸命育てようってね、この子の将来のためにって、学資ローンに入って、それが今年で満期になって、18歳になったあなたを進学させてあげようって、あの頃は思っていて、……あぁ、」
そこまで言うと、また、母は、悲鳴を上げて泣きじゃくった。
「そ、れが、こんな子になっちゃうなんて」
こんな子って、何? ねぇ、私って、そんなに悪い人間なの? ねぇ、お母さん…。私はもう、悲しすぎて、悔しすぎて、傷つきすぎて、溢れだす大量の涙に声を奪われ、言葉が出ない。
あぁ、ここから出たいよ。ここって、家だけじゃない。学校も、そのなかの友達グループも、先生も、中学のときのことも、すべてからもう、抜けだしたい。今、私のいるこの世界からでられるなら私、何だってする。もう私は、他人から張られた、不良、というレッテルから抜けだせなくなっていて、言いたいことを言ってもどうせわかってもらえないから、と自分の言葉を飲み込みすぎて、息すらできない。
でも、お母さん、教えてあげようか。もし私が不良なら、どうして私が不良になったのか。みんなが私に不良になって欲しかったみたいだから、そうなってあげただけだよ、私。
処女のときから私って、セックスを知ってそうな顔してたんだって。非常階段の血を見てみんな、安心したんだと思う。あぁやっぱりアイツはセックスを知っているんだって。私とは親友だって言っていた優香もそう。だから、私との秘密を他の人に言いたくてたまらなかったんじゃないかな。やっぱりあいつ不良だよって、はじめの一人に私の初体験を喋ったとき、きっとその子と盛り上がったんだろうね。で、優香は旬な話題を自分が持っていることに浮かれてさ、すっかり人気者気分で私の秘密を餌にたくさんの友達をつくっていった。優香のことは恨んだけど、結局それは、私が本物の不良だっていう証拠をたくさんの人が欲しがっていたってことなんだ。
で、その後はもう、私は留年っていう“前科アリ”の不良になって、友達になろうって声をかけてくるのは、自然と不良になっていった。高校に入ってからはさ、一人でいるのは辛いからって頑張って仲良くする努力はしてみたけど、でも正直、ついていけなかった。どうしてだか分かる? お母さん。不良グループのなかでまで、みんなが私に一番不良であることを期待してたからだよ。「悪い女だね、のあ」って、そう言うとき、みんなホッとした顔するんだ。だから私もホッとする。自分の本心を飲み込んで、他人が持つ自分のイメージをそのままに演じるほうがね、楽だから。
でもね、お母さん。私1度だけ、本音を言ったんだ。アサミが妊娠したとき。ダンナ、なんて呼んでいた彼氏がいるのにアサミ、いろんな男とセックスしまくってね、妊娠したけど誰の子か分からない状態で。そのことを話しながらアサミ、笑ったんだよ。しゃーねーから降ろすしかねーなって、アハハって笑ってたんだよ。私、許せなくて。子供が可愛そうだって言って怒ったんだ。そのときみんな、私に裏切られたような顔してた。誰より大声で笑わなきゃいけないイメージの私が、真面目なこと言ったもんだから、偽善者って言われて嫌われちゃった。私にだけはそんなこと言われたくないって、アサミもキレて、学校の教室で、みんなのいる前で、4人で一緒にとったプリクラ、私の映ってるところだけ、次々にハサミで切り落としていった。分かるでしょ? お母さん、どんなにみんなが私に不良でいて欲しがっているか。だから、それ。それが答え。だから私は、こんな子になっちゃったんだよ。
ごめんね、お母さん。
目の前で発狂している母には何も言えず、心の傷口から溢れ出したドス黒い血を透明の涙に変えて号泣する私に、乱れた呼吸の合い間を縫って、母が呟いた。
「こんなんなら、生まなきゃ良かった」
<続く>


