第7章 age21 記憶の中の空(5)― のあが口にだしてしまった、三咲への隠しごととは… ―
「私、三咲さんの写真が大嫌いなんです」
あ、もう終わりだ、と私が一瞬息を呑んでいると、里中は予想外の声をだした。
「あぁ、なるほどねぇ、やっぱ三咲さん、すげぇな」
「え?」
「いや、中山さんを面接したあとで、三咲さん言ってたんだよ。自分と真逆のコンプレックスを持った子だって。中山さんのこと」
「コンプレックス?」
「そう。三咲さんは、自分の美しさが足りないって思ってるんだって。決して自分が醜いと思ってるわけじゃなくて、ほら、じゅうぶん綺麗だし、自分に自信持ってるバイブスでまくりじゃん? でも、それでももっともっと美しくなりたいっていう願望が尽きないらしくて。そういう過剰な自己愛が、三咲さんの作品のテーマなんだよね、きっと。それに対して、三咲さんが言うにはだけど、中山さんは自分の美しさを持て余してるんだって。持て余すっていうか、それをどう愛していいかわからずに憎んでるって言ってた。だから、変な色気が出てるって」
私はもう、ミラーに写る自分の顔を直視できなくなって、後ろへと流れてゆく街の中に視線を泳がしていた。ビルとビルのあいだに見える空間も、空の一部なのだろうか。とても窮屈そうで、空には見えない。動揺している私に気づく様子もなく、里中はひとりで話し続ける。
「別にセクハラじゃないから答えなくていいけど、中山さんってセックス好きじゃない? 三咲さんはそこまでは言ってなかったけど。中山さんは自分では愛せない自分の美しさを男に肯定して欲しくって、それを求めるあまりに無意識の内に変な色気をだしちゃってるって言ってた」
「勝手に人のこと分析しないで下さい!」
私は里中の声を掻き消すようにして叫んでいた。
「怒るってことは図星なんだろうね。でもさ、三咲さんが他人に興味持つって稀(まれ)だよ。あの人、相当人間嫌いだから」
淡々と喋り続ける里中の態度に、余計に怒りがこみ上げてきた。
「そんなの嘘! 人間が嫌いな人が、ゾッとするほどの自己愛を持って、他の人間を撮り続けるとは思えない!」
「だからそこが真逆なんでしょ。きっと中山さんも人が嫌いなんだろうけど、それを表現するベクトルが三咲さんとは反対方向に向いてるんだよ。でもその内側では、本当はどうしようもなく人を求めてるってとこは同じ。三咲さんと中山さん、すごく似てるんだと思うよ」
「…何よ。何よ、偉そうに」
思わず呟いた私に、ごめんごめん、と言いながらもまた、里中は笑い、そして車を止めた。窓の外を見ると、もう代官山にある事務所に着いていた。私は早く外に出ようとドアのロックを指で持ちあげてはずす。
「代わりに俺も、ひとつ教えてあげるよ」
「いや、もう、じゅうぶんですから」
私はそう言ってドアを開けた。
「違う違う、俺のこと。三咲さんが俺のこと好きなんじゃなくて、俺が彼女に惚れてんの。全然相手にされてないけどね」
バタン、とドアを閉めて、私は聞いた。
「でも、ぶっちゃけヤッてますよね?」
アハハ、と里中は大声で笑い、「いや、あの人は誰とでもヤルから、ヤッたからって両思いってわけじゃないんだよねー」と明るく言った。
何それ…。三咲さんと私、全然似てないじゃない。誰とでもヤル女と一緒にしないで欲しい。純也をシュウとのセックスで裏切っているのは事実だけど、誰とでもってことじゃない。ただ、シュウと切れないだけなんだ。だけどそれはもしかしたら、さっき里中が言ったように、自分自身が愛せない女としての魅力を、シュウのセックスが肯定してくれるからなのかもしれない。シュウが私に求めているのは、そこだけ、なわけだから。
「だからさー、俺独立して、三咲さんを超えるカメラマンになって彼女落としたいから、お願いだから、アシスタント続けてね。せめて、俺が独立するまでは」
隣ではしゃいだように喋っている里中の声が遠く聞こえた。私は手に握りしめたままだった写真の中の空を、泣きだしたいような気持ちで眺めていた。
今見ても、嘘みたいな色。
ブルーからピンクへのグラデーションを見せる空が、
連なる雲の縁を鮮やかなパープルに染めている。
できるだけ近くでみたい、空だった。
できればそのまま私をのみ込んで欲しいと
願いたくなるような、空だった。
あのとき、私は、死にたい、と思うのと、とても近い気持ちで、
8階建ての予備校の階段を、一気に駆け上がったんだ。
そこで、私はシュウと、出会ってしまったんだ。
<続く>


