第7章 age21 記憶の中の空(6)― 深夜の美容院、のあの髪の毛に触れる純也が… ―
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「純也、昨日ごめんね。何度も電話もらってたのに、私、疲れて寝ちゃってた」
私と純也以外、誰もいない深夜の美容院はとても静かで、私の嘘が室内に響いてしまった。私は目の前の鏡に写る、私の後ろにいる純也を見つめたが、純也は私のほうを見ようともせずに無言で私の肩にケープを巻いた。気まずい静けさに私も下を向いて、もぞもぞとケープに腕を通していると、カシャリ。ハサミの音がした。顔をあげると、あごより少し短いくらいのところにシルバーのハサミが横に入っていて、純也が切り取ったばかりの長い毛束を手に持っていた。
「え?」
私が驚いて純也のほうを振り返ると、純也は私に微笑みかけながら、目に涙をいっぱい溜めていた。
「のあ、ごめんね。ずっと髪短くしたいって言ってたのに、俺の好みで髪長いままにさせちゃってて、ずっとごめんね」
「え? どしたの、純也?」
純也の腕に触れた私の手を純也はどかして、私の体を鏡のほうに向き直させた。鏡の中で、純也は私の長い髪を指に挟んですくってはそこにハサミを入れていく。背中まであった長い髪は次々に床へと落ちてゆき、急に短くなった髪の中には、困惑した表情を浮かべた自分の顔が映っている。
「俺、のあの気持ち、随分前から気づいてたけど知らんふりしてたの。別れたくなかったから。でも、もうダメだ。同じように想い合えてないのに付き合ってるほうがツラいんだね。俺、のあに会えなくなることのほうがツラいと思ってたけど、たぶん別れたほうが、今よりはまだ楽かも」
純也は話しながらも私の髪をすくっては、縦にハサミを入れてゆく。私は、なにか言わなきゃ、と焦りながらも、言葉がなにも見つからない。純也を失いたくないと、たった今、気づいたのだ。
「好きな奴、他にできたんでしょ?」
純也の言葉に、私は無言で思い切り首を振った。「危ないっ」と純也が髪からハサミを離したときにはもう、刃が頬にかすってしまっていて、数センチほどの直線が頬の上で赤く染まった。
「大丈夫? ごめんね、のあ、痛い? 大丈夫?」
純也は心配そうに私の顔を覗きこんだ。
「…私こそ、ごめんね」
そう言って、私も純也を見つめた。私のほうこそ、痛い想いさせてたんだよね。
でも、好きな人ができたわけじゃないの。シュウのこと、好きじゃないの。むしろ、嫌いなくらいなんだよ。でも、どうしてだか、シュウとセックスするのがやめられないの。私が好きなのは、純也なの。
涙で潤んだ純也の瞳から、涙の粒がポトッと落ちた。
「のあ、俺たち、別れよう?」
私はたまらなくなって純也から目をそらし、膝の上の白いケープを両手で握り、床に落ちている茶色い毛の束を凝視した。誰かに心臓を素手で握られているような痛みが胸を締めつける。でも、涙がでない。純也のこと、好きだった。裏切って、傷つけて、今も純也にこんなにも悲しい想いをさせている私が、今更そんなことを言う資格ないけれど、でも、本当に好きだったこと、涙がでれば伝わるかもしれないのに。それなのに、どうしても泣けない。心の中では泣いているのに、涙が、でない。
私はもう純也の顔も見れずにただ、
首を縦に振るしか、できなかった。
<続く>


