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空とシュウ
SEXFRIEND SINCE 16
LiLy

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コチラから → fanet@shogakukan.co.jp


前回までのあらすじ

 純也と別れて、約2年の月日が流れた。純也にロングヘアをばっさりと切られ、別れを告げられて、悲しかったはずなのに泣くことも、純也が好きだということも伝えられないまま、受け入れることしかできなかった…。

第8章 age23 南国の海(1)― 空を見下ろしながら、のあの心に浮かぶのは… ―

 いつも見上げてきた雲を見下ろすのは、もっと不思議な感じがするかと思っていた。
 マニュキアを落とすときに私が使う、丸いコットンの玉を中途半端にちぎったような白い雲は、ところどころに空の青を透かしている。地面に足をつけて見上げても、空を飛ぶ飛行機の中から見下ろしても、雲は白く、その先は青。  私はシートベルトをはずして座席から少し腰を浮かし、空の中を覗きこむようにして冷たい窓ガラスに額をくっつけた。この空の上には宇宙があるはずで、この空の下には地上があるはずなのに、上を向いても下を向いても、見えるのは空ばかり。
 飛行機からの空の景色は、私をもっと興奮させると思っていた。離陸してからもう何時間ものあいだ窓の外から目を離せずにいるのは確かだけれど、視界に映る青は私を、ドキドキというよりもしんみりさせた。果てしなく続く空の巨大さを感じると、途方に暮れてしまう。

 私は切なくなった胸の片隅でぼんやりと、シュウのことを思い出していた。純也と別れてから1度会ったきり、シュウと会っていない。
 もう、2年になる。いつしか"会おうよ"と入れたメールが宛先不明で戻ってきて、その数か月後に電話をかけたら、番号はもう使われていなかった。先月かけたときにはもう、知らない男の人がでた。

 このまま、もう二度と、シュウと会うことはないのかもしれない。そう思ってみても、涙がでるような悲しみは沸いてこず、ただ、すこし切ない気持ちがモヤモヤずっと、胸にある。純也を傷つけ、失ったあとで、私が引きずった感情が、雨を降らせ続ける梅雨時の暗い空だったとしたら、こうしてたまにシュウを思い出すこの気持ちは、雨を降らせそうで降らさない気まぐれな雨雲のよう。"結局雨、降らなかったな"と空を見上げた時にはもうどこかへいっていて、忘れた頃にまた、どこからともなく吹いた風によって、頭の上に運ばれてくる。

 デンパサール空港に到着した飛行機から一歩外にでた瞬間、ムワッとした蒸し暑い空気に包まれた。全身の毛穴からジワッと汗がにじみだしたのか、空気がとてつもなく湿気ているのか、その両方なのか、肌がベタベタして気持ち悪い。今すぐにでも着ているパーカを脱ぎたいのだけど、肩にかけた自分の荷物のほかに、フィルムが大量に入ったスーツケースとカメラの入ったバッグとで両手がふさがっているので無理だ。人の流れに沿って細い通路を歩いていると、じっとりとした汗が頬に流れてきた。視線の先に、ビジネスクラスの座席からすでに降りて私を待っていた、オレンジ色のチューブトップ姿の三咲蘭が見えた。

「ちょっと、首にカメラかけるのやめてくれない? 写真が趣味の老人みたい」
 私を見つけるなり三咲はそう言って、一瞬顔をしかめてからクルッと私に背を向けて歩き出した。三咲のカゴバッグにさり気なくかけられたグッチのサングラスを見ながら、初めての海外だってことがバレバレの自分の格好を思うと、顔が余計に熱くなってきた。
「早く! このままホテルに荷物置いたら、即行で撮影なんだから」
 数メートル先から振り返った三咲に、私は「すみません」と言いながら、慌ててスーツケースを引いて急ぎ足で三咲を追った。

「機内から空の写真とってたんでしょ?」
 ハイヒールをはいた三咲の横顔を見上げると、彼女は優しく微笑んでいた。
「はい。初めてだったので、空を見下ろすの…」
 三咲の意外な表情に、私がドギマギしながら答えると、三咲は長い黒髪を両手でサッと持ち上げて、腕についていたゴムで無造作にまとめながら、白い歯をニッとみせた。
「海外ロケ、よろしくね。バリはいいよー」
 ほとんど笑うことのない人の笑顔って、それだけでなんでこんなに嬉しいんだろう。
「よろしくお願いします! 」
 アシスタントについて2年半。里中が独立して1年。海外まで連れてきてもらったのはもちろん、撮影の前に"よろしく"なんて言われたのも初めてで、胸を熱くした私は思わず頭を深く下げた。
顔を上げると三咲はもう歩き始めていて、三咲は私に背中を向けたまま片手を私のほうに伸ばして言った。
「スーツケース」
 いつもの師匠に戻った三咲の声に、背筋がシャンとする思いがした。私は急ぎ足で三咲の後を追いながら、「はい。持っています」と答えると、三咲は面倒くさそうな声で、「違う。持ってやるっていってんの」と続けた。
 スーツケースを三咲に手渡してから、早足で歩きながらパーカを脱いだ。蒸し暑い空気が、タンクトップを着た裸の腕にベタリと張りつく。私はじっとりと汗をかいた頭に手をやり、ショートカットの短い髪をクシャクシャにした。いつも厳しい人の優しさって、それだけでなんでこんなに泣きそうになるんだろう。

<続く>

六本木、金曜日、雨の深夜。ウェイトレス、キャバクラ嬢、ラジオDJ、OL、ダンサー、ネイリスト。同じ日、同じ街で6人の女は、夢に、恋に、仕事につまずいていく。それぞれの女性たちが抱く、他人に見せたくない苦しみを描いた連作短編集。


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