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空とシュウ
SEXFRIEND SINCE 16
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前回までのあらすじ

 周囲の仕事への情熱を冷静に見つめ、羨ましく感じてしまう。そんななか、初めての海外ロケで浮き足立っていたのか、普段はしないような初歩的なミスをしてしまい「バカにしているのか」と、三咲に責められるのあ…。

第8章 age23 南国の海(3)― 周囲の仕事への情熱に圧倒されて… ―

 最終日の夜。表紙、巻頭ページの撮影もすべて無事に終わり、スタッフ全員で打ち上げの食事をしている時、私は今まで感じたことのないような孤独を感じていた。みんなが口々に「乾杯」と明るい声をだしながらグラスを合わせている中で、私も一応はグラスを持ち上げたものの、やっと明日、日本に帰れるということだけが嬉しかった。
 それぞれが注いだ情熱がひとつになったことで、いい写真が出来上がったと喜び合う人々には、友情に近いような絆が芽生えていて、それはその輪からひとり外れた私の目にだけクッキリと映っていた。
 初日にミスを犯してしまってから、三咲は必要最低限でしか口を聞いてくれないし、目を合わせてさえくれなかった。そして三咲がみんなの前で言った、私がみんなを見下しているという一言で、他のメンバーも私に対してどこかよそよそしい態度だった。初の海外ロケに浮き足立った気持ちで飛行機を降りた私だったけど、そんな状態での3泊4日、私はストレスから毎晩吐いてしまっていたし、時がたつのを恐ろしく長く感じたのだ。

 もともと私は集団にうまく溶け込めないタイプだ。写真は、ひとりで静かに撮れるから好きだった。それが仕事になってしまえば、上手にチームワークを築き上げることが大切になってくる。私にカメラマンは無理かもしれない。そもそも、三咲のアシスタントに私が採用されたのは、私が送った写真が一番冴えないものだったからなんだ。それを忘れてはいけない。才能がないのに、写真を仕事にする意味について勝手に思い悩んでいるなんて、なんの意味もないことなのだ。考えれば考えるだけ、空しくなってしまう。写真が、嫌いになってしまう。

 食事の後、ひとりで部屋に戻ってパッキングをしていると電話が鳴った。三咲からの、今から部屋まで来い、という呼び出しだった。もう、クビかもしれないと思った。ただ、そう思ったら急に、もう写真を仕事にできなくなることへの絶望感と悲しみがドッと胸の奥から沸いてきて、三咲の部屋のドアをノックする前から私は眉間に皺を入れて涙をこらえていた。

「お疲れ」  そう言ってドアを開けた三咲は白いバスローブ姿で、シャワーを浴びた後のムワッと暑く湿った空気の中にいつもの甘い香りを強く漂わせていた。白いバスタオルを頭にきつく巻きつけた三咲のすっぴんの顔は、化粧をしている時より10歳は老けていた。
「お疲れ様です。今回は本当に申し訳ありませんでした」
 ドアの前で謝った私の声を遮るようにして三咲は、「早く入りなよ」と呟いて部屋の中へ入っていってしまった。
「失礼します」
 そう言って足を踏み入れた三咲の部屋は私の部屋の5倍は広く、ガラス窓の下には一面に夜の海が広がっていた。最上階のスイートルーム。師匠の偉大さをそのまま表した豪華な内装に、私は、自分の姿がこの広い部屋の中でどんどん小さく縮んでゆくような感じがした。

 ロビーに置いてあったものと色違いの、ダークブラウンの籐でできたソファに足を組んで腰掛けた三咲が、緑色のペリエのボトルをグラスに注ぎながら言った。
「あのさぁ、中山に謝られると、他人からは私があんたを苛めてるみたいに見えるわけ。あんたがミスしたのに私が悪者みたいで、迷惑なんだよね」
「…すみません」
 ドアの前に立ったまま私が謝ると、三咲はクスッと笑って、炭酸の泡がプクプクと上にのぼっているグラスを私に差し出した。私はフルーツの置かれた丸テーブルとベッドを通り過ぎて窓の近くまで歩いてそれを受け取ると、椅子とお揃いの籐のテーブルを挟んで三咲の向かいに腰掛けた。

 ザザーン、ザザザーン。窓の向こうで、波が陸を打ちつける音が聞こえてくる。三咲は口にくわえたタバコに火をつけてから、右手で緑色のアメリカンスピリットの箱を軽く振った。私の方に箱から半分飛び出した1本のタバコを見てから、私はパッと三咲の顔を見上げた。
「吸っていいよ」
「あ、すみません」
 三咲に手渡されたゴールドの小さなジッポでタバコに火をつけると、ザワザワし始めた胸にメンソールがスーッとすり抜けた。やっぱりクビなのかもしれない。もう弟子ではないから、こうやって師匠の前でタバコを吸ってもいいよ、という意味なのかもしれない。

「私、見下してなんかいません!」
 とても早口で私は三咲に言った。
「モデルのつくられた美しさ、とか、人間が持っている自分の美しさに酔う感じとか、苦手なのは事実です。でも、見下すとかじゃなくて、なんていうか、分からないだけなんです。どう捕らえていいか、それを写真に写ることの意味とか、考え出したらどんどん混乱してしまって」
「で? 混乱した結果、どう思ってんの?」
 三咲にそう言われてハッとした。自分を弁護するつもりが、考えがまとまる前に話し始めてしまったので、正直な気持ちを口走ってしまっていた。混乱した結果、写真が好きなのかどうかも分からなくなった、だなんて言ってしまえば確実にクビにされるだろう。私は何も言えなくなってしまった。波の音が、私の耳にとても気まずく聞こえてくる。

「中山、空の写真を撮るのが好きでしょう? 空を撮ってる中山が、自分に酔ってるってことに、なんで気づかないの?」
 三咲にそう言われた私は、全身がむずむずと痒くなるような思いだった。ひどく恥ずかしくて、体中の血がつま先から一気に頭の先まで駆け上がってくる。

「だって、そういうことでしょう、写真って。被写体が人間だろうが自然だろうが、カメラを構えた自分がシャッターを切る"その瞬間フレームに入ったものこそが美しい"って自分で思い込んでいるわけじゃない。中山が撮る写真は、中山が思う"美しさ"の押し付けでしょ。そこに自信があるから、その写真を他人に見て欲しいと思うんでしょ?」

 私は火照って熱くなった額に手を当てながら、「それは、分からないです」と答えた。
「私は昔から、どちらかといえばひとりで勝手に写真を撮っているのが好きで…」

 自分でも聞き取れないほど小さな声で私が呟くと、三咲は「嘘つき!」とピシャリと言い放った。

<続く>

六本木、金曜日、雨の深夜。ウェイトレス、キャバクラ嬢、ラジオDJ、OL、ダンサー、ネイリスト。同じ日、同じ街で6人の女は、夢に、恋に、仕事につまずいていく。それぞれの女性たちが抱く、他人に見せたくない苦しみを描いた連作短編集。


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