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空とシュウ
SEXFRIEND SINCE 16
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コチラから → fanet@shogakukan.co.jp


前回までのあらすじ

 のあとシュウとの繋がりは、携帯電話の番号とメールアドレス。それがわからなくなれば、接点をもたない。夜明け前のビーチで、ひとり、これからの仕事のこと、女としての自分、そしてシュウについて考えていたのあ…。

第8章 age23 南国の海(6)― 昇る太陽を、深い海を、ふたりで見つめながら… ―

「ごめんごめん。中山さんが来た時から僕も後ろのベンチに座っていたんだけど、声かけそびれちゃって」
「はぁ、ビックリしました」と、私は飛びでそうになった心臓を押さえながらため息をついた。くまさんは「ほんとうにごめんね」と言いながら、私の横に少し距離を置いて腰を下ろしたので、私もまた砂浜に体育座りをした。

 ザザーン。ザザーン。

 くまさんが何も話しかけてこないので、私も何も言わなかった。ただ、「シュウ」と呟いた私の声をくまさんが聞いていたら恥ずかしいなと、私は思っていた。真っ黒だった空が少しずつブルーなるにつれて月と星たちはキラキラとした輝きを弱め、白っぽく薄れていった。私たちは並んで、その様子を黙って見つめていた。
 スーッと境界線がオレンジ色に染まった瞬間、くまさんは「おおっ!」と声を上げた。それがなんだか可笑しくて、私はカメラを構えたまま小さく笑ってしまった。

 カシャリ。

 カメラを膝に下ろしてくまさんを見ると、そこには、でてきたばかりの太陽のかけらがオレンジ色に照らすくまさんの横顔があった。私はまたカメラを持ちあげて、空とくまさんを同じフレームに入れてシャッターを押した。

「恥ずかしいじゃないですか」
 くまさんが笑いながら大きな手を伸ばしてカメラのレンズを覆った。私も笑いながら、仕方なくカメラを下ろして膝の上に抱えた。

「それ、デジカメですか?」
 くまさんに聞かれたので「はい」と答えると、くまさんは私の写真を見たいと言った。一瞬、カメラを抱える手に力が入ってしまった。編集者に自分の写真を見せるのは初めてで、くまさんにカメラを渡すと心が不安に震えた。

「いつもはフィルム一眼レフを使っているんですけど、代えのフィルムが荷物になるので今回デジタルを持ってきたんです」
 言い訳みたいな私の言葉に相槌ちも打たずに、くまさんは真剣な目つきで100枚以上ある写真を1枚ずつ見ていった。4日前に成田空港から撮りはじめた写真で、空の写真が8割、他にはホテルの部屋の天蓋ベッドや、ロビーのテーブルにいけてあったピンク色の花、朝のビュッフェで食べたバナナパンケーキなんかが写っている。ただただ無言で写真を見続けるくまさんに、私は胸がソワソワしてしまった。見てもらえるとわかっていれば、もっと真剣に撮ったのに…。あぁ、膝に伏せた手のひらに汗が滲んでくる。海と空の間に太陽が昇ってゆく美しい景色さえ、心に染み入る余裕がない。

「あぁ、なんていうか、」

 ついに話し出したくまさんの声に、私は膝の上で手の平の汗をグッと握った。
「とても、いいですね」
「本当ですか?」
 自分でも驚くほどに、ものすごく食いついてしまった。ものすごく嬉しくて。胸が弾んでドキドキする。
「はい。1枚1枚、すごく丁寧に撮っているのがわかります。それに、切り取り方が素晴しい」
「本当ですか? どれですか?」
 くまさんが持つカメラの液晶画面を見ようと、思わず身を乗りだしてしまった私にくまさんは少し驚いたように目を丸くしてから、アハハと笑った。
「いや、僕は編集者で写真に関しては中山さんよりも素人ですから偉そうなことは言えないんですけど、たとえば、これとか」

 飛行機の中から撮った、空を見下ろした写真だった。
「これ、たぶんですけど、わざと飛行機の羽を右側にほんの少しだけ入れてますよね? で、その羽の影が、この雲にうっすらと映っていて、そういうところのセンスがずば抜けているなって…」
「本当ですか?」
「アハハ。本当ですよ、そんな、僕、嘘っぽいかな? アハハ」
「あ、いえ、あの、写真を褒められたの、生まれて初めてで、なんか嬉しくて、信じられないくらいうれしくて…」

 ほんとうだ、と思った。私は、自分の写真を認められたがっていたんだ、きっと、ずっと。写真を通して、自分の存在そのものを、誰かにこうして褒められたいと思っていたんだ。

「いやぁ、綺麗ですねぇ」
 くまさんの声に、私はまた、「本当ですか?」と聞いてしまった後で、彼が朝焼けのことを言っていることに気付いて、ばつが悪くなった私は思わず顔を膝の上に伏せた。そんな私に気付いたくまさんは「アハハハ!」と豪快に笑うと、私の髪をくしゃくしゃっと撫でて、すぐに手を離して、「自信もって大丈夫です。本当ですよ」と言ってまた笑った。くまさんの大きくて暖かい手に、頭が、心が、体が、じんわりと暖かくなって涙がこぼれそうだった。滲み出た少しの涙を膝で拭ってから私は顔を上げた。

 太陽は既に私の目線より上に昇っていて、オレンジ色を弱めて黄色い光を海面にチカチカと反射させていた。
「ここに来れて、本当によかったです。どうも、ありがとうございました」
 目線だけくまさんのほうに流すと、光りを浴びたくまさんの横顔は優しく微笑んだまま海をじっと見つめていた。私もそっとくまさんから目を離して、海をまっすぐ見た。

 呑み込まれたくなるような、海だった。

 そのままそこに体を沈めてしまいたくなるような、美しく輝く水のかたまり。一生をかけて沈んでいってもまだ足が届かないような、深い深い海が、キラリと光る水面の奥に果てしなく続いているように思えた。

 永遠に続くような海の深さを思うと、私は、そこに生きる生物の生命力を感じた。空の巨大さを感じると寂しくて死にたくなるような感じと、真逆の感覚。なぜだかはよく、分からない。空の上には天国があって、海の下には生物がいるからかもしれない。
 ただ、私は今生きている、というあたりまえだけど普段は感じることのできない事実を、心の底から実感させる強いエネルギーが、深い海底には流れている気がした。

 涙の乾いた頬をヒリヒリさせるこの潮風は、私にシュウを思わせる雨雲をいつの間にか、どこか遠くへと吹き飛ばしたようだった。今、ここに、くまさんと並んで座っていることが、とても心地よかった。写真を褒められたことが、とてもうれしかった。カメラマンとしてこれからやっていけるかもしれないと、漠然とだけど思ったら、私はとても幸せだった。

 好きだから怖かった。でもほんとうは私はいつだって、嫌いになるほどに写真が大好きだったんだ。決して手に入らないものを、自分の好きな形に切り取って自分のものにできる写真は、私のいろんな欲を満たしてくれる唯一の存在で、それを他人に見せるのは、裸を見せるよりも恥ずかしいけれど、それが他人の欲をも満たしたとき、それは終わらぬセックスのように私のすべてを溶かし、満たし続けてくれるんだ。

<続く>

六本木、金曜日、雨の深夜。ウェイトレス、キャバクラ嬢、ラジオDJ、OL、ダンサー、ネイリスト。同じ日、同じ街で6人の女は、夢に、恋に、仕事につまずいていく。それぞれの女性たちが抱く、他人に見せたくない苦しみを描いた連作短編集。


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