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空とシュウ
SEXFRIEND SINCE 16
LiLy

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コチラから → fanet@shogakukan.co.jp


前回までのあらすじ

 カメラマン三咲のアシスタントとして、働いていたのあは、師匠の妊娠、出産を機に、フリーランスとして、独り立ちすることに。衝突しながらも、最後には三咲とも笑いあうことができた。それから約2年後…。

第9章 age25 落日(1)― 一人暮らしをはじめた、のあのもとに… ―

 お腹が空いて、目が覚めた。太陽はすっかり空の上の方に昇っているらしく、生成り色のカーテンを真っ白に透かしていた。

 今日は1月1日。私は起きたそばから、暇を持て余した。次の仕事は4日の夕方から。3日間も、何をして過ごせばいいのか分からない。この部屋には1か月前に引っ越してきたばかりだから、片付いているし、洗濯も昨日やった。今頃、夜に干したシーツがベランダで乾いているだろう。

 

 25年間ずっと実家に住んでいたというのに、そこを出た瞬間、私には帰るところがないということに気付いてしまった。両親と私が、どこでどうすれ違っていったのかは覚えている。ただ、どうしてまた歩み寄れなかったのだろう、と少し悲しく思う。きっと私たちはそれぞれに、少しずつ深くなっていった溝を埋めるやり方を知らないのだ。両親は、いまだに私のことを悪い人間だと思っているのだろうか。そう思うと、胸の奥の方から熱い何かが込みあげてくる。

 私は枕を胸に抱きかかえて、ごろんと窓側に寝返りを打った。胸の奥が締め付けられた時、私は胸の外側からも締め付け返す。枕をギュウッと胸に押し付けていると、私はシュウを思った。
 シュウが私の体に覆いかぶさる時の、シュウの体の重さを恋しく思った。すると今度は、子宮の奥がシュウを欲しがる。生理前だからか、ムラムラする。右手をスエットパンツの中に滑り込ませ、左手で抱いた枕の上に顔を埋めて熱い息を吐いていると、何故か一滴、右の目から涙が出た。
 私はベッドから起き上がり、カーテンを開けた。快晴だ。12階のこの部屋からは、目線の高さに空が見える。駅から遠いこともあって周りに高い建物がないので、空を綺麗に見渡せる。ここが私の居場所なのだと思うと、少し元気がでた。そうだ、お腹が空いているんだった。顔を洗って、近くのスーパーへ行こう。

 鍋に水を入れ、昆布とかつお節でだしをとった。だしの中に鶏肉を入れて、しばらくしてから短冊切りにした大根とにんじんも一緒に煮込む。きり餅を2つ、袋から取りだしてオーブンレンジに入れた。この前のほうれん草は、もうだめかな、と思いながら冷蔵庫に手をかけると、扉に貼ってある写真に目がいった。

 シュウと出会った、あの夕焼け空。綺麗だったな、とても。あれからもう、何年経つんだろう。…9年だ、と思いながら、私は冷蔵庫の奥でしおれていたほうれん草を取り出して、ごみ袋の中に捨てた。

 ピピピッとレンジが鳴った次の瞬間、ベッドの方から携帯の着信音が響き出した。仕事以外ではほとんど使わない携帯が鳴っていることに私は浮かれ、ベッドルームに走ったが携帯が見つからない。切れてしまう、と焦って探すと、取り込んだばかりのシーツの下にあった。急いで出ると、「のあ?」とシュウの声。

「シュウ? 電話なんて珍しいね」
「あー、そうだっけ? あけおめ」
「あぁ、おめでとう」
「なにしてんの?」
「お雑煮つくってたよ」
「へぇ。料理なんてすんだ。意外」
「たまにするよ。シュウは?」
「え? 料理?」
「ちがくて、何してるの?」
「暇」
「ふぅん」
「会える?」
「え?」
「あ、やっぱいいや」
 ちょっと気まずい沈黙の後で、私はつい、言ってしまった。
「…うちくる?」

 自分で言ってから、すこしだけ後悔した。今までだって、お互いの家には行っていないし、そういうルールなのかもしれない、と思っていた。

「…親、平気なの?」
「あ、ひとり暮らし始めたんだ」
「へぇ」
「……。あ、鍋、火にかけたままだから、切るね」
「家どこ? 行くわ」

 心臓の裏側を急に誰かにつねられたみたいに、胸が一瞬キュッとなった。
 最寄り駅を伝えてからシュウとの電話を切ると、私はキッチンまで走り、クツクツと沸騰していたお雑煮の火を止めた。その足でバスルームに行き、タブに勢いよく湯を出した。急いでベッドまで戻り、ラベンダー色のシーツをマットレスの上にバッと広げる。
 お腹がペコペコだったはずなのに、食欲はどこかへ消えていた。時間を持て余していたはずの私が、突然急ぎはじめた。

 タブに湯が溜まる前に、掃除機をかけて、テーブルを拭かなくちゃ。キッチンシンクに置きっぱなしのまな板と包丁も洗って棚にしまわなきゃ。お風呂に入ったら、体を綺麗に洗って、足の毛を剃らなくちゃ。髪の毛を洗ったら、会うまでに乾くかな? 濡れた髪で駅まで迎えに行くのはカッコ悪いから、やめよう。昨日の夜洗ったばかりだし。やばい、シュウが駅に着く前に、それぜんぶやってから、化粧する時間あるかな。

 掃除機を引っ張り出してコンセントを入れた瞬間、あ、下着! と思い立ち、私はクローゼットの引き出しを開けた。これは、もう着た。これも、これもだ。今日シュウと会うのは4ヶ月振りくらいだけど、その前までは2か月に1度のペースで会っていたので、持っているすべての下着をシュウの前で着てしまっていた。

 私は仕方なく、シュウの記憶に残っていなそうな黒いレースの上下を取り出した。これを着て会ったのは、2年前の蒸し暑い夏の日で、その時のことはよく覚えている。私がカメラマンとして独立して初めての京都出張から、東京に戻った夜。シュウと2年ぶりに再会した夜だ。ホテルで、シュウは私の服を脱がす間も惜しむようにして私を抱いたから、覚えていないというより、この下着を見てもいない。あの時の、シュウの首筋の汗の味。舌が今でも記憶してる。私は下着をベッドの上において、バタバタと慌てて掃除機をかけた。

<続く>

六本木、金曜日、雨の深夜。ウェイトレス、キャバクラ嬢、ラジオDJ、OL、ダンサー、ネイリスト。同じ日、同じ街で6人の女は、夢に、恋に、仕事につまずいていく。それぞれの女性たちが抱く、他人に見せたくない苦しみを描いた連作短編集。


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