第9章 age25 落日(3)― シュウの悲しい目が物語るのは… ―
「家賃、のあが払ってんの?」
「うん、そうだけど。駅から遠いから、けっこう安いよ」
「のあってバイト何してるの?」
いつもはそんなこと絶対に聞かないのに、今日のシュウはちょっと変だ。スタスタとリビングに歩いていくシュウの背中に、私はブーツを脱ぎながら答えた。
「カメラマンだよ」
「え? マジで? 聞いてねぇよ」
シュウは目を丸くした顔で振り返った。
「そんなに驚く? 別に聞かれてなかったから言ってなかっただけだけど」
私はそう言いながらシュウの横を通り過ぎて、ベッドルームの明かりをつけた。
「ソファとか、まだ買ってないからこれ」
私がベッドの上からクッションをとって差し出すと、シュウはクッションを無視してベッドの端に腰掛けた。
「で、カメラマンだけで食ってんの?」
シュウが、目の前に立つ私を見上げて聞いた。
「どしたの? シュウ。なんか変だよ?」
「あ、ごめん。別に答えなくてもいいや」
シュウはばつが悪そうに、私から目線を反らした。
「ううん。カメラマンのギャラは振り込みが不定期だから、今はバイトもしてる。アシスタントやっててね、2年前まで。で、その時の師匠の息子が今1歳なんだけど、時々ベビーシッターやってるの」
「へぇ」
急に興味をなくしたようにシュウは呟いて、ベッドにごろんと寝転がった。
「…お雑煮あるけど、食べる?」
「いらねぇ」
「あっそう」
シュウの態度にムッとした私がリビングに戻ろうとすると、
「こっちきてよ。俺、のあしか食いたくねぇ」
どうして、どうしていつもそうやって、不意につねるの…。
「早く。こいよ。抱かせろよ」
シュウの両腕が私の腰に回って、気付いたらもう吸い寄せられるように、私の体はシュウの体の上にピタリとくっ付いていた。シュウの体に触れた私の体はいつだって、シュウと私の境界線を溶かしたがっているかのように熱く、火照りだす。私たちはそのまま、いつもより長く、長く、深いキスをした。
「待って…」
私の足から、デニムと一緒に下着を剥ぎとろうとするシュウの指に手の平を重ねて、私は言った。そして自分で、デニムを脱いだ。黒いレースのTバック姿で、ベッドに寝そべったシュウの体の脇に膝をついて、両手を上げて白いキャミソールを脱ぐ。ワイヤーもパッドもない、ただの黒いレースで包まれた、私の裸。ねぇ、シュウ、ちゃんと、見て…。
「…すっげ、興奮する」
シュウは私を見上げてそう呟いた。そして、両腕で私の体をぐるりと包み込むと、体を起こし、私の背中をシーツの上に押し倒した。
私は、男の目をしたシュウを見上げて、熱い息を漏らす。黒いレースの上をシュウの舌が這い、私のおっぱいがシュウの唾液に濡れてゆく。感じた私は、レースを超えてシーツを濡らし、レースを避けて入ってきたシュウを深く、深く受け入れる。私の耳の中へとシュウが漏らす荒い息の熱さが、甘い切なさを持って私の体を震わせる。
「…のあん中、あったかい」
そう言ってシュウは、私の中で泣いた。
あまりの寒さに、目が覚めた。裸のまま眠ってしまったらしい。隣では、ちゃっかり私の分まで布団を裸の体に巻きつけたシュウが、小さな寝息を立てて眠っていた。
部屋はもうすっかり明るく、時計を見ると朝の9時だった。ベッドから足を下ろすと、フローリングのあまりの冷たさに思わず足を引っ込めてしまう。つま先立ちでクローゼットまで歩き、バスローブを羽織り、ルームシューズを履いた。部屋に暖房を入れてから、私はつけっ放しだった明かりを落とし、床の上に脱ぎっ放しだったコートや服をクローゼットに戻した。シュウのコートも、ハンガーにかけた。
体が冷え過ぎて、ブルブルと寒気がする。お腹が空き過ぎて、気持ちが悪い。そうだ、昨日1日何も食べていなかった。私はキッチンに行き、お雑煮の入った鍋に火をかけ、オーブンレンジから硬くなった餅を取り出して捨てた。新しい餅を何個焼こうか迷っていると、ベッドルームからシュウが私を呼ぶ声がした。
「ちょうどよかった。お雑煮食べる?」
私がキッチンから大きな声で聞くと、シュウは大きなあくびをしながら、「食う」と答えた。
トレイの上にお雑煮を乗せてベッドルームまで持っていくと、シュウは黒いパーカにトランクスという格好でベッドの上にあぐらをかいてTVを観ていた。私はテーブルの上にトレイを乗せて、リモコンでTVを消した。
「んだよ、観てんのに」
シュウはそう言いながらもTVをつけようとはせず、ベッドの上に座ったままお雑煮を食べ始めた。
「嫌いなの、お正月番組とか。くだらなくって」
私はそう言って、ベッドの下のフローリングに座った。そして、美味しいとも、まずいとも、何も言わずに二人で静かにお雑煮をすすった。シュウが先に食べ終わり、お椀をテーブルの上に乗せながら、
「正月に、何の予定もないって寂しいことかもな」
私は、口の中の餅を飲み込んでから言った。
「それ、私のこと?」
「いや、俺。あ、てか、俺も、のあも」
「一般的には寂しいことなんじゃい? 一般的、とかもよく分からないけど」
そう言って、汁を一口飲むと、昨日沸騰させてしまったからだろう、味が濃過ぎてしょっぱい。私は慌てて水を飲んだ。
「…俺さ、」
「なに?」
「いや、なんでもない」
「……」
私はお椀をトレイの上に乗せながら、昨日のシュウの悲しい目を思い出していた。
<続く>


