第9章 age25 落日(4)― シュウとの関係に終わりはくるのか… ―
「俺んちさ、みんな医者なんだよね」
意外、というような目でシュウと見上げると、シュウが小さく苦笑した。
「な? それだけでもう、俺が家族から浮いてるの分かるっしょ」
「みんなって? 親ってこと?」
「ひい爺さんが開業医で、爺さんも親父も、代々医者でさ。姉貴もだし、兄貴は今、医大行ってる。正月にさ、みんな実家帰ってくるじゃん。俺、居場所ねぇんだよ。医大どころか大学も中退しちったし。ま、親父が言うには、俺は高校受験の時点で人生踏みはずしたらしいけど」
「ふぅん」
私は白く光っているカーテンを見つめながら、小さく呟いた。
「ふぅん、じゃねぇよ」
シュウが笑ってベッドに寝転がる。シュウの方を見ると、シュウはパーカのフードをかぶって目を閉じていた。
「人生を踏みはずしたってより、家族とすれ違っただけでしょ。私もちょうどその頃、すれ違ったけど、別に、人生がどうってほどのことじゃない」
私がそう言うと、シュウはそっと目をあけて、黒目を流して私を見た。
「それは、のあがカメラマンだからだろ。お前は自分の居場所、見つけることができたからだろ。俺は、そういうのもねぇから」
私は静かにローブを脱いだ。そして、シュウの上にまたがって、シュウのパーカを脱がす。暖房を入れても決して温まることのない冷たい空気が、肌にザワザワと鳥肌を立てた。
「…寒いね」
私はそう言って、シュウの体の上にペタリと肌をくっつける。触れ合っていない部分の肌の凍えるような寒さが、シュウの体温のあたたかさを過剰に引き立てる。シュウが私の体に腕を回して、力いっぱい抱きしめた。
「なぁ、のあ、俺、お前ん中で死んでいい?」
シュウの言葉は、私の心臓の裏側をかるく引っ掻いた。引っ掻き傷が、すこしかゆくて、苛々する。私はシュウの額に自分の額をくっ付けて、目をまっすぐ見つめて言った。
「…勝手に死ねば?」
シュウはクッと歯を見せて笑い、私に唇を重ねてきた。私の頬を両手で包み込んでキスを深めてくるシュウの舌をかるく噛みながら、私はシュウを憎らしく思う。私の中で死にたけりゃ、勝手に死ねばいい。何を今更言っているの。私が何度、あんたの中で死んだと思う? あんたと私は似たもの同士。あんたの中に見える、自分の姿が私にはむずかゆい。他人との隙間を埋めるやり方が、これしか分からない。互いの体を使って死ぬことで、生きるバランスを保っている、なんて悲しい生き物なんだ。カーテンを通す太陽の光がオレンジ色を帯びてくるまで、私たちは何度も抱き合い、何度か死んだ。
ぐったりと汗ばんだ体でシーツの上にそれぞれ寝転んでいると、聞いたことのない着信音が鳴った。シュウは立ち上がり、コートの中から携帯を取って電話にでる。
「おー、何してんの? あー、いいよ。行くよ」
携帯から漏れてくる電話相手の声は男で、そのことに私は、すこしだけ傷ついた。女ならよかった。シュウに友達、という居場所があることに、すこし裏切られたような気持ちになったのだ。
「俺? 今、友達んち。分かった、出たらまた連絡するわ。んじゃ」
電話を切ったシュウは、すぐにTシャツを着てパーカを羽織り、デニムを履いて、コートを着た。
「友達なの? うちらって」
ベッドの端に座って靴下を履いているシュウの背中に、私は毛布の中から聞いた。
「…友達っつーか、セフレなんじゃん? 一般的には、そう呼ぶんじゃん?」
シュウはそう言って立ち上がると、「じゃあね」と言ってベッドルームを出て行った。
「道、分かる? 」
ベッドの中から大きな声でそう聞くと、玄関の方から「たぶん大丈夫」とシュウの声がして、しばらくしてからドアがバタンと、重たく閉まる音が聞こえた。
私はベッドの中で、カーテン越しに沈みゆく太陽を想像していた。
落日…。シュウが言っていた曲が気になって、私は毛布を巻きつけた上半身を起こしてベッドの脇に置いてあるパソコンを起動させる。
赤く染まる白いカーテンと、その向こうの悲しい太陽と、胸の奥から熱い感情を込みあげさせる、この歌。
"確かなのは、ただ唯一、君のさっきまでの温もり…"。
シュウと、いつか、離れられることができますように…。
決して手に入れることのできない、一瞬の熱に、ここまで依存してしまう自分が怖くなる。私が欲しいのは、もっと、確実な、安定した暖かさ。生温くでも消えることのない、心の平和。私はシュウとは違う。私は、私は、また誰かを、心の底から信じてみたい。恐怖を感じず、愛せる誰かが、たまらなく欲しい。まだ肌に薄っすらと残るシュウの温もりを自分の腕で抱きしめながら、私は孤独を感じた。
日が落ちて、小さな部屋がすっぽりと、暗闇の中に落っこちる。
<続く>


