第10章 age25 恵みの雨と土の香り(7)― “むなしさ”をぬぐってくれるのは… ―
「雲って、タバコの煙でできてるんだぜ?」
「タバコの煙は、人間のため息なんだよな」
15歳だった、シュウの声。あれから、シュウの体でぬぐった、私の、むなしさの数を想う。私の、むなしさがたくさん塗られたその体で、シュウは今、何をしているんだろう。私たちのため息がつくった、この灰色の雲の下で。
コンビニの扉が開き、さっきのカップルが笑い声をあげながらバイクのほうに向かって歩いてゆく。
「男と女は分からないなぁ」
数時間前にくまさんが言った台詞が、頭の中で蘇る。男と女のあいだのことは、他人から見えないでなく、当事者である男と女も、お互いのことをそう分かっちゃいやしないということを、彼は知っているだろうか。
くまさんが、私にとって絶対的な存在になった頃、気付いたことがある。彼がひたひたと潤し続けてくれている私の心の片隅に、少しずつ渇き始めている部分があるということだ。乾燥し、皮が剥け始めたそこは、突然思い出したように胸をソワソワとざわめかせ、私にシュウを思い出させるのだ。
足もとに落ちているリップクリームを拾い、ポケットの中に戻した。その手で携帯を取り出して、ボタンを押してしまう。
「久しぶり。元気してる? 今、彼女いるの?」
携帯を手に握ったまま、私はタバコに深く吸いついた。細長く白い1本が煙と灰に変わった頃、手に振動が、耳に音が、伝わった。
「久しぶりだね。今、彼女いるよ。
そんなん聞くの珍しくない?」
ちょっと、気になっただけよ。愛する人と一緒にいても、あんたも、この渇きを感じたりしないのかなって。その時、私のことを思い出したり、しないのかなって。
私は返信せずにメール画面を閉じた。この胸のざわめきは、無視しなくては。私は指に熱を感じ、慌ててタバコをアスファストに落とした。そして、大通りを駅に向かって歩き始める。
あぁ。意識をそこからそむけても、息が苦しくなるほどに、心の一部が、乱れてゆく。足を遠ざければ遠ざけるほどに、乾いてゆくココはどこなんだ。愛する彼の土の香りの中に紛れることで、彼の暖かな愛に包まれることで、どうか消えてはくれまいか。
小さなチリが、まつげについた。視界に入ったそれを取ろうと指で触れると、スッと消えてなくなった。ふしぎに思い視線を上げると、雪。初雪。私は、足を止めた。駅前の、赤と緑のイルミネーションと灰色の夜空のあいだを、白く細かな、粉雪が舞う。ちょうど10か月前の夜に、くまさんと二人で聴いた雨の音。思い出そうと目を閉じたが、思い出せなかった。ゆっくり目をあけると、雪が音なく降っている。時間をかけて、美しい結晶となった、恵みの雨。
私は彼を、愛している。
冬に8回も雪を降らせた空は、春を迎えて暖かな日差しをキラキラ降らし、どこからか運ばれてき雲が雨の雫をたくさん降らした後で、私をココを狂わした。柔らかな土に足をつけた私は、遥か遠くにある、真夏の空を見上げるたびに、その眩しさに目を細めた。そのたびに狂おしいほどに切ない感情が胸から溢れ出し、それは、ココに最後に残っていたわずかな潤いを、完全に蒸発させてしまった。
「シュウ、抱いてくれないかな?」
「抱かしてくれんの?」
「お願い、抱いて」
「興奮させんなよ。いつ暇なの?」
「明日、15時に、池袋は?」
「オッケ。じゃ、明日な」
シュウとメールで約束をした途端に潤いはじめた、私の心の中の小さなココは、何なんだ。それは、優しくて暖かくて大きな愛を弾き飛ばし、私の心をまるごと、赤に染めた。買ったばかりの、下着の色に。
明日、赤いブラジャーとパンティを身に着けた私の体を、皮膚の下に隠した私のココの渇きを、シュウは必ず、満たしてくれる。
<続く>


