第11章 age26 天の川(2)― のあの携帯電話に届いたメールには… ―
心の中にくまさんを想いながら、私はそう思った。私を愛してくれる彼を裏切るような行為をしてきたというのに、彼に対する罪悪感を持っていない自分に気づいて、私は苦笑する。シュウに会ってセックスする前よりもずっと安定した気持ちで、私は今、くまさんを想っている。それは、私の心を不安定にかき乱していたココのかゆみが、シュウによって収まったからだ。
「あぁ、お願い。あの人と、終わりますように」
今、私が天の川にそう願うのは、ココが満たされたばかりだからだろう。また乾いてくればきっと、私はあの人を求めてしまう。きっと、また…。
だけど、その繰り返しが私を導く果ては、何処? 分からないけれど、そこが私の求めている場所ではないのは、確か…。だって、なんとなくだけれど、そこは、16の誕生日にシュウと見上げたピンク色の空の下のような気が…、する。
10年という時間の中で、いつからか、私とシュウは、過去にしがみつくようにして、お互いの体を求めはじめたように思う。流れゆく時間の中で自然と曖昧になっていった記憶が、音楽などによってパアッと鮮やかに蘇る時、独特の甘く切ない香りが漂う。
いつからか、シュウとのセックスは、それと似た甘美さを漂わせるようになった。もう永遠に戻ることのできない、記憶の中だけに存在する遠い日の思い出を共有する、唯一の共犯者であるシュウの背中に、私は両腕を回してしがみついては、シュウの肌と私の肌のあいだに沸き立つ、懐かしき甘さと切なさを含んだ香りに酔いしれるのだ。
セックス+α。今、私たちのセックスに加わっているαは、その香りかもしれない。
それは、いつから? このαに当てはまる、私とシュウを離れられなくしている理由は、ひとつではなく、いろいろとあって、10年のあいだに何度か入れ替わってきたはずだ。そのαが、懐かしさに替わった時、私たちの関係は未来ではなく、過去に向かってさかのぼり始めた。きっとそこが、私たちの関係の折り返し地点だったはず…。私は歩く足を止めることはなく、シュウと出会ってからのことを思い返そうとすると、あ。シュウと出会ったのは、10年前じゃない。ちょうど11年前だ。だってもうすぐ、27の誕生日。
私は立ち止まって、バッグから携帯を取り出していた。
「いつか、俺たちも終わるのかなぁ」
シュウの言葉が脳裏に蘇り、それに答えるような気持ちで私はボタンを押していた。
「私たちが出会ったのは、10年前じゃなくて、もう11年も経ってる。きっともうすぐ、私たちは終わる。とっくに折り返してるんだよ。じきに、終わる。そんな気がするよ」
シュウにメールを送ると、次の瞬間、携帯が手の中でブルブルと震えた。返事を待つ予定もなかった一方的なメールに、シュウが即返信をしてきたことに驚きながらもメールを開くと、「メールシステムエラー」の文字。満たされ、潤され、すっかり安定していたはずの心が、突然ガッと鋭く引っかかれた。私は、その場に立ち尽くしてしまった。
ほんの数時間前には使われていたシュウのメールアドレスが、変更されていた。何度も何度も身に覚えのある、悔しさにも似たこの胸の痛みに、甘美な懐かしさなんて香り立ちはしない。もう、うんざりだ。私は何度、シュウにココを乱されれば気がすむのだろう。シュウが潤すココはいつだって、こうやってシュウの手によって、引っ掻き回されてきたのだった。それをどうして、忘れては繰り返す? もう、うんざりだ。自分にも、シュウにも、この関係にも。
私は携帯をバッグの中に放り入れ、家までの道をまっすぐ走った。サンダルの金具が足首に当たり、走るたびに痛むけれど、私は早く家に帰りたかった。たった数分前に自分のした"願いごと"を叶えてくれたのかもしれない、天の川を見上げることもなく、マンションのエントランスに駆け込んだ。エレベーターの前で足を止めた途端に、じっとりとした汗が、額を、首を、背中を伝う。早く、冷たいシャワーを浴びたい。
<続く>


